酪農と文学 連載10
今回はアメリカの人気漫画家が30年程前に不思議な理想動物を描いて好評を得た「シュムー族の生涯と時代」を紹介します。エサも食べずに、人間がのぞめば牛乳やバターやチーズそしてステーキ、タマゴにもなってくれる。酪農の世界にも遺伝子工学が進み、乳肉一体化の施策がとられる中で、あながち夢漫画とばかり思えないのです。残念なのは漫画全部を紹介できない点です。
シュムー族の生涯と時代―アル・キャップ 作
乳肉理想の動物 未来問うマンガ
漫画の一部を紹介(カット)していますが、この一寸こっけいな理想家畜シュムーは肉は美味で、骨はなく、シュムーの皮は衣服や住宅の材料にもなり、目玉はボタン、ひげは 〝つまようじ〟になり、この動物は乳牛とちがって青草や濃厚飼料も食べずに成長します。そして人間がのぞめば、ステーキ、バター、チーズ、ミルク、タマゴ、チーズケーキなどになります。ほっといてもドンドン増殖します。まあ、極端にいえば現在注目されている遺伝子工学の未来を象徴する乳肉等一体化理想動物(?)というのが、このアル・キャップ設定の漫画動物シュムーです。
さて、この漫画の筋を紹介しませんと読者には何が何だかご理解いただけないので簡単に紹介します。マンガの主人公(リル・アブナーという青年)は、へんぴな村で暮らしているが、ある日奇妙な音楽が山の方から聞こえてきて、山の奥に迷い込むのですが、これがシュムーの声だったのです。その山奥で青年は妙な羊飼い(?)風の老人にあい、シュムーに絶対に会ってはならない、と村に帰るようにすすめられます。しかし、青年は興味津々でなんとしてもシュムーなるものを見たがるが・・・・・、そこに一匹のシュムーがノコノコやってきます。
老人はあきらめてシュムーについて、その特性を説明します。これを聞いて青年は「わっ!凄い!なら俺達は働かなくていいんだ。シュムーさえおりゃ人間は食って行けるんだね!よし来た!なら俺ァ家に帰って、俺と一緒に来る者いねえか、俺について来いと云ってやろう。奴等おったまげて、みんな俺の仲間になるにちげえねえ」
老人は、「人類全体の試練の日か!」そういって青年がシュムーを村に連れかえることを阻止しようとしますが、結局は村にシュムーがあふれんばかりにふえます。
村ではタマゴや牛乳、食料品はさっぱり売れません。食料品店と村人のいさかいなどが続きます。コジキも食べ物に困らない、山賊たちも食糧確保のための乱暴はやめ、実業家は安月給で村人をコキ使うことを断念せざるを得ない。シュムーがふえる農村部ではまだよかったが、この状況が都市周辺に広がる、農業を含め産業界も混乱する。食品産業だけでなく、自動車、住宅あらゆる産業の混乱により、つまるところ〝シュムー全国に跳梁〟といった社会情勢になったわけです。
こうなれば読者はすぐ想像できますでしょう。そうです財界人は集って「シュムー抹殺対策大運動」を展開するのです。シュムー科学部隊が組まれ、シュムー駆除官なるものの指揮のもとに狂気じみた銃殺行為がくりひろげられていくわけです。
とどのつまりシュムーは全部殺されます。アメリカ全土で一匹残らず銃殺されてしまうのです。国民の中にはシュムー時代をなつかしむ者もあり、子供達は遊び友達(シュムーは秀れたスポーツ、フットボールの玉、ボーリング風の玉やピンなどになっていたのですが―)を失って悲しむが―「シュムーはペストだった」で消滅する。
最後にこの漫画の主人公の青年が隠していたオス、メス1匹づつが、シュムーの谷に帰されます。
こうして理想家畜、エサのいらない乳肉等一体化動物(?)の物語(漫画)は終りますが、作者アル・キャップは次のように主人公に言わせています。
「だが、村人たちは1匹だけは持っているんだ、いちばん大きなシュムーをね。それは母なる大地というシュムーだ。(後略)」
漫画とはいえ「シュムー族の生涯と時代」は多くのことを考えさせます。それにしても、エサのいらない、こんな理想動物が将来実現するのでしょうか。
(文章の一部は並河亮訳)
本連載は1983年9月1日~1988年5月1日までに終了したものを平出君雄氏(故人)の家族の許可を得て掲載しております。