酪農と文学 連載45
今回はパキスタン(日本の約2.2倍の国土面積)の民話を紹介します。 ある王様が恋女房から「バターで作った家が欲しい」とせがまれるお話です。王妃のとどまるところを知らない要求に国中の酪農家も建築家もあきれるがお国の命令とあらば仕方ない。
しかし、1羽の鳥の行動から王様はめざめるわけですが、〝家をバターで作る〟という発想はどこから来るのでしょうか。パキスタンの民話はまことに不思議です。まあ、たくさんの乳製品の在庫をかかえているECのある国の王様が提案すれば、わからぬお話ではないのですが?
バターの舘(やかた) パキスタンの民話より
妃にせがまれて 国中の乳牛集結
大昔、パキスタンにある王様がいたが、この王様、妃にほれぬいていて、王妃の言うことならたいていのことは聞き入れてしまうほどなのです。
ある時、王妃は何を血迷ったか、こういうおねだりをした。「あなた、わたくしバターで作った家が欲しいの。」いくら可愛くて、いとしい妻の注文でも、これには驚いてしまった。当然でしょう。家が1軒建てられるほどのバターを入手するのはとうてい考えられない。夫婦間のジョークならまだしも、誰でも自分の妻が本気でいったとしたら唖然とします。
王様は王妃に問いただします。「そんな大量のバターをどうやって集めることができるんだ!気でも狂ったんじゃないのか!」と。
さて、これに答えた王妃の言葉を紹介しましょう。『陛下。おたわむれもたいていにあそばせ。お国はとっても広うございましょう。そうしてミルクを出す家畜がどっさりおりますわ。この者どもに、ここへ集ってくるようお言い付けになるのです。それからこうおっしゃるの。おまえたちが1日に作り出すバターをことごとく代官に引き渡せ、って。すぐさまこないような家畜は、つるし首にしておしまいなさいまし』
国中の乳牛、水牛の全てを都に集め、バター作りをすればいいのよ、とこともなげに言い放つ王妃。これを実行に移す王様。若しこのようなことが現実にあったとしたら、乳牛の大移動、家畜の確保等々大混乱にはまちがいありません。
さて、パキスタン中の搾乳牛は都に集結、王は酪農家達に、作ったバターを全て王に献上するようにたのみます。そして国中の建築職人を呼び集め、バターでできた家を建てるよう命じます。建築職人らはこのばかな王様のいいつけに頭にくるが、基礎工事職人を集めて溝を掘るようにたのみます。
さて、溝には出来上ったバターがどんどんと積み上げられます。朝早くからの工事ですから、溝に積まれていくバターもまだ固い。ところが太陽が真上に昇った頃、積み上げられたバターがぐにゃり、ぐにゃりとなりはじめ、さらに、とろり、とろりととけ出します。
大工さんは王様に報告します。『陛下。バターがお日様の熱で、すっかりとろけちまいました。さて、いかがいたしたものでございましょう』
この知らせを受けた王もどうせこんなことだろうとばかり王妃にいいます。バターの館をつくれといったが、そのバターがとけだしてしまったんだ、と。
またまた、これを聞いた王妃は平然とこう、いってのけます。
『陛下って、なんておばかさんなんでしょう。お国に住んでいるたくさんの鳥たちを全部連れていらっしゃいまし。そして集って翼を広げているようおっしゃるんです。そうすれば陰ができて、おうちができあがりますわ』
国中の鳥の翼で日陰を作りバターをとろけさせないようにすれば、望みの"スイートホーム〟が完成するというわけです。王は国の鳥たち全てに集るよう命じます。しかし、1羽のモッシロ鳥だけが1日遅れでやってきます。
王はこのモッシロ鳥にどうして初日からやってこないのかを詰問します。
さて、この民話のポイントはここにあるわけです。
このモッシロ鳥の王への答えはこんな内容でした。モッシロ鳥達はある出来事でうちわもめをしました。そして、言い合いが起こって〝女の方が数が多い〟〝いや男の方が数が多い〟ということなのですが、このモッシロ鳥の言い草がふるっている。
『お上、わたしどもは勘定してみました。女房の言いなり気なりになっている男は、女の部類に入れましてな。そこで女の方が、多いということになりました』
王は考えこみました。女房のいいなりになっている俺は男ではないのか。王は毅然として王妃に立ち向かい男の面目をたてた、というわけです。鳥によって国政があやまちなき方向に導かれたわけです。
昔、むかしのインドの隣、パキスタンには固い固い建材になるようなチーズは無かったのでしょうか。
(注)バターらしいものに関する最古の文献は、インドの古い経典の中にあるといわれている。紀元前2000~1500年のころの話で、製造法はよくわからない=大塚滋著「食の文化史より」
本連載は1983年9月1日~1988年5月1日までに終了したものを平出君雄氏(故人)の家族の許可を得て掲載しております。