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酪農と文学 連載48

牛の舌(した)やしっぽは高級料理として食用されていますが、果たして牛のこう丸(きんたま)はおいしいのか、おいしくないのか。


このインドの小話は牛のこう丸(きんたま)をねらって、大きな牡牛の後をつけまわす、豺(さい=やまいぬ、おおかみの類)の夫婦がでてきます。


己のこう丸に目をつけられてつけまわされる牡牛は迷惑だろうが、豺にとっては最高の肉市場が目の前にぶらさがっているのだ。

牛の睾丸(きんたま) インド古代説話集より


豺の牛肉市場は 牡牛のきんたま

1988-03-01 乳牛

ある町に大きな牡牛が住んでいて、この大きな牡牛はかなり他の牛達とちがって、どうも高慢で、ある時仲間の連中とはなれて、森に入り込みそこで1人でゆっくりと草を食べていた。


一方、この森の中には豺(さい=やまいぬ。肉をくいちぎる、おおかみの類です。だから〝さい〟というと、貪欲で、無慈悲な人にたとえられます。)の夫婦が住んでいました。豺の夫婦が河岸に座りこんでいますと、そこへ例の大きな牡牛が水を飲みにやってきたわけです。


さて、この大きな牛の、大きな睾丸(きんたま)をみて妻の豺が、夫にこういいます。


『ごらんなさい、あの牛は肉の塊(かたまり)を2つもぶらさげています。いまに落っこちるに違いないから、あなた、あの牛のうしろからついていらっしゃい。』とけしかけます。夫の豺の返事がおもしろいのです。


『落ちるか、落ちないか、わかるものかね。お前はなぜそんな無駄な仕事を私にさせようとするのだい。(後略)』 夫の豺はそういったあと、今迄通り水を飲みにくるネズミをつかまえて食ったほうがよっぽど確実な食料にありつけるし、それにかなり警戒心も出して、俺がそんな落ちてもこない、牛の睾丸(きんたま)の後など、つけまわしていれば、他の雄の豺がやってきて、お前を横どりにしてしまうにきまっている、などといって妻のシリたたきに反論するわけです。 この夫のいいわけに対して妻の豺がゲキをとばす内容がふるっている。


『あなたはほんとうにつまらない方ですね、じっとしていて、自分の手に落ちてくるもので満足しようなんて。もちっと元気を出してお働きなさいよ。あなたは牛の肉の塊(かたまり)が落ちるか、落ちないか、わかるものかとおっしゃるが、それも考えがまちがっていますよ。それにわたしはもうネズミの肉にはあきあきしました。あの肉の塊(かたまり)は今にも落っこちそうですから、あなたはどうしても私の言う通りにしなくてはいけません。』と。


人間の世界ばかりでなく、豺の世界も妻が夫をつき上げて生活の向上(?)をめざそうとするのか。いずれにしてもその豺夫婦にとっては、おいしそうに見える牛の睾丸(きんたま)が〝落ちる〟のか〝落ちない〟のかが大きな問題なのです。


夫の豺は、留守の間に他の男に妻をとられてはかなわないと思ったのか、お前も一緒にあのよだれの出そうな肉の塊の後をつけようではないか、ということで夫婦ともども、睾丸(きんたま)追跡が始まるわけです。


横道にそれますが、私はこのインドの昔の話しを読みながら、なんとなく、牡牛の睾丸(きんたま)が日本の牛肉市場に思えるのでした。そして豺の妻がアメリカで、豺の夫が、豪州などに思えるのでありました。


さて、本題にもどりますが、豺夫婦はネズミ獲り生活に見切りをつけ、夫婦一緒に、大きな牡牛の後をつけはじめます。しかし、いつまでも、いつまでも後をつけるのですが、おいしい睾丸(きんたま)は落ちてこないのです。


夫は妻に訴えます、落ちるか落ちないかと、鵜(う)の目鷹(たか)の目でまったく、馬鹿馬鹿しい、岸にもどって、昔の生活にもどろうぜ。


『あれが落ちるのか落ちないのかと、鵜の目鷹の目になってるうちに、15年経ってしまったじゃないか。馬鹿馬鹿しい。もう元の河岸に帰ろうよ。』こう書かれています。


古代インドの説話は非常に教訓的なものが多いわけですが、この説話集に出てくる、山犬(さい)は先に書きましたように、人間に例えれば、非常にどん欲で慈悲心の無いものとして登場しています。


くどいようですが、豺夫婦の欲望が、どうしてもわが国牛肉市場をターゲットに日に日に圧力をかけてくる、アメリカや豪州などに思えて仕方がないのです。


しかし、この豺の夫婦は長い長い年月をかけて、自然に落ちるのを待とうとしたわけですから、強引とも思えるアメリカのやり口とはかなりちがっている。


いずれにしても思わず、ふき出します。何故かといいますと、牛のきんたまを追って、豺(さい)の夫婦は15年間も牡牛の後をつけまわしたのです。15年間もです。

本連載は1983年9月1日~1988年5月1日までに終了したものを平出君雄氏(故人)の家族の許可を得て掲載しております。

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