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1692年に日本を離れたケンペル(ドイツの医師で探検家)は大著「日本誌」の中で、ほとんど牛乳、乳製品、牛肉にふれず幕府の要人がチーズを所望してきたことを日記に書きのこしたのみです。それから約150年後日本を訪れたオランダ海軍のカッティンディーケは日本の牧畜は将来盛んになるだろうと予測している。安政4年頃(1857年)に日本の牧畜について言及し、その将来伝々を著述していたことはかなりの驚きではあるが、いずれにしても、今日のわが国の650万トンの生乳生産は予測はできなかったはずです。今日はオランダのカッティンディーケの「長崎海軍伝習所日々」とドイツの医師・探検家のケンペルの「日本誌」から紹介します。

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=安政4年= 和蘭海軍士官が酪農発展を予測

1983-12-01

2百年も守り続けた鎖国政策を続けることが不可能と知った徳川幕府はにわかに開国へとの政策転換となったが、さしあたりとりかかったのが欧米の諸勢力のわが国の安全に対する脅威にたちうちとまではいかないまでも、これに対抗でき得るような近代的な海軍の創設にあったわけです。幕府はこれをオランダ政府に協力を求めた。


これを受けたオランダ政府はほとんど消えつつあった自国とわが国の貿易促進とこの政治問題とを結びつけ軍艦が欲しいならば、これにたずさわる青年達も育成すべきである、との理由から2次にわかれて教師を送りこんできたわけです。


日本滞在2ケ年ではあったが、その第2次教育プロジェクトの班長がカッティンディーケオランダ海軍2等慰官であったわけです。彼が帰国後書いたのが『滞日日記抄』。昭和49年にこれが水田信利氏訳により『長崎海軍伝習所の日々』と題されて平凡社より出版されたわけです。


1857年(安政4年)に来日したカッティンディーケ氏はその著書の中で長崎を中心として、日本人の性癖とか多面的にとりまとめているが、やはり「酪農王国」オランダからやってきて気になるのか、牛乳、乳製品、牛肉などのことについてふれています。


これは―日本人の性癖―という章ででてきますが興味深いのはわが国の酪農の将来に言及していることです。『(前略)出島の住人は今ではオランダ海軍教育班の人々を加えて、40名を超えており、食料品もかなり要るので、雇い日本人に対してオランダ人用の食卓用野菜、家畜を培育するよう勧めた。


われわれが、土地の人々の食料中、利用し得るものは、ただ魚類、米および家きん類だけである。日本には小麦もでき、牛馬も飼われており、宗教も敢てその使用を禁じている訳でもないのに、日本人は牛肉も、パンも牛乳も使用しないのは何という不思議なことか。ロシヤ提督プチャーチンが1頭の牛を贈ってくれて、出島でそれを屠殺した時、奉行にその一片の肉を贈ったところ、非常においしく食べたと彼は言っていた。牛はただ荷駄の運搬と耕耘用にのみ使われ、決して屠殺してはならないとされている。日本には実際牧場というのが余りない。しかし将来は牛も牛小屋に飼われ、牧畜はだんだんと盛んになって行くであろう。』


カッティンディーケは牛乳、乳製品、牛肉を食しない日本人をなんと不思議な民族かとのべながら将来はこれらの産業が盛んになるだろうと予測したが、今日の長崎県下はもとより、わが国の生乳生産量、乳牛の飼養頭数を若し知ったら正直のところ腰をぬかすにちがいない。まして、一部EC並みに近づいていると知ったら―。


ところで、この著者の中で作者はドイツの医師であり探検家でもあるケンペルの著書『日本誌』にふれているが、カッティンディーケがこの日本誌という大著を読んで日本の知識を吸収して来日していることはまちがいない。ケンペルの『日本誌』は日本の歴史、地理、政治、経済、各地への紀行をとらえ欧米に紹介していますが、これだけの大著でありながら牛乳、乳製品、牛肉、いわゆる酪農産品にふれているのはごくわずかです。もっともカッティンディーケ来日の約160年も前ならばうなづけないこともありませんが―。


比較になるか大変粗雑な比べ方ですがケンペルの『日本誌』(今井正訳)の中の(日本におけるオランダ人の立場)の章で、ケンペルは次のように書いています。


『家畜小屋といっても家畜はほとんどおらず、肉が食卓に上ることも非常に少ない。大体家畜の雄は、成長するといつの間にか毒殺されるか、夜間ひそかに脚を折られるなどし、家畜の数はさっぱり増えない。増えれば高価な日本の食品の供給が不用になるので、実はそのような状態にならぬように、家畜の増殖を阻んでいるのである』と。まあ、ケンペルは日本の畜産事情の視察に来たわけではないのですからこんなものでしょう。


ただ、この大著の中で彼の日記の頃(江戸の町と江戸城)で次の記述があり興味深いので紹介します。『(前略)将軍の寵臣である牧野備後守は、この日使を寄こし、わが甲比丹にオランダのチーズを欲しいと申し入れて来た。われわれは手持ちの丸のままのアイダム・チーズと、半分に切ったサフラン・チーズを贈った』


牧野備後守とやらいう幕府の要人が、ひそかにチーズを入手し、周囲の者だけで賞味するだけでなく、日本人の食料の一部として奨励しようと思いついた今日のわが国酪農はもっとちがった姿にあったかも知れない。

本連載は1983年9月1日~1988年5月1日までに終了したものを平出君雄氏(故人)の家族の許可を得て掲載しております。

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