後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
最終回
糞尿博士になろう 人とルーメン発酵との共生 微生物食糧は未来を救う
糞尿のリサイクル利用
国際宇宙ステーションで尿を飲料水に再生する装置が尿石で詰まるトラブルが起き、次回打ち上げるシャトルで交換部品を届けるという。そのことを知った筆者は40年前に読んだ「糞尿博士・世界漫遊記 中村浩著」を本棚から取り出して読み返した。
この本を購入した当時は畜舎の糞尿処理に取り組み、糞尿を地下トレンチに投入しその上に作物を栽培する地下浸透法を実践中だった。
子供の頃は自分の糞尿が野菜に化ける体験をしていた。人糞尿は鎌倉時代から天秤棒で肥え桶を担ぎ野菜畑に散布、人糞尿と野菜の物々交換でリサイクルが成立していた。
戦後にはバキュームカーが登場し、糞尿運搬船で海洋投棄が開始され公害=黄害問題となった。畜産関係がその後を追い、糞尿は悪者となった。地下浸透法は多頭化に耐えられず、糞詰まりで決壊したが、各地の糞尿博士のアイディアを現在も学んでいる。
宇宙船地球号の未来
糞尿博士・中村浩氏は、金魚鉢の金魚が、餌もやらないのになぜ死なないのかを著の中で説明している。それによると、金魚は糞をする、その糞が肥料となり藻は太陽のエネルギーをとらえて栄養素をつくる。金魚はこの藻を食べて生きている。そしてまた糞をする。藻が生えさえすれば、金魚は丈夫に育つというのだ。
これをヒントにロケットが月へ行く以前に、飛行士がロケットの中で出す尿を水に還元して飲むという、ポータブル型リサイクル装置を考案し、NASAへ持ち込みアメリカ方式でつくった、単なる水=H2Oと味も良好な日本式水と飲み比べを行った。
宇宙開発の重要課題である糞尿問題を、小便は濾過して何回も飲料水とし、糞の培養基として日光を注入。現在健康食品として市販中のスピルリナやクロレラのような高タンパク質(60%以上)の食糧微生物に変身させる。厄介者の黄害=糞尿を宇宙食糧に変換し、人間の生命維持に不可欠な栄養素と呼吸用酸素を連続培養で供給する。ガス閉鎖系生命維持システムで、出しては食い、食っては出す。宇宙船の中で循環型食糧生産によって生活維持が実現できた。即ち、人類は太陽エネルギーがある限り、飢えることはないと述べている。
牛糞尿の飼料化
牛乳は粗飼料を大量採食するので尿量に比し糞量が多い。体重600㌔の乳牛が乾草と濃厚飼料を合計18㌔採食した場合、尿は6㌔、糞は25㌔排泄する。糞尿中の固形物は約3㌔、糞の水分は60~80%尿は92~95%だ。糞に少量の尿が混ざった糞尿(クソ、排泄物、堆肥、コンポストと呼び方でニュアンスに差が出る)の乾物DM中の成分は、CP粗蛋白は12~20%、粗繊維40%、粗脂肪2%、NFE炭水化物30%、さらにDCP可消化タンパク質3~5%、TDN45~48%となっている。もちろん、コンポストの消化率は給与飼料の内容で変化するが、1割の粗飼料給与で53%、5割給与では24%へと半減する。
通常の基礎飼料を6割、新鮮な牛の糞尿を4割混合し、戻し堆肥のように直接肥育牛へ糞尿を給餌したところ、嗜好性良く採食し、増体成績1.3㌔が得られた。
肥育牛飼料用コンポストは、わら・桿類とサイレージに詰めて給与する、なお亜塩素酸カルシウムなどの添加処理で消化率が更に2倍以上に高まり、病原性微生物のリスクも回避される。
豚・鶏の排泄物も利用されるが、反芻胃内で生成されるビタミンB群やアミノ酸が豊富な牛糞を豚に給与すると酵母類の添加と同等の効果が認められた。
筆者は半世紀前、養豚場で糞を4割混合した醗酵飼料を給与し、上質の肉豚を出荷したことがある。しかし、残念なことに「養豚場の豚はクソ豚だ」とひんしゅくを買い、断念させられたが、地球環境問題の解決が急務となった宇宙船地球号のエコ世代は糞尿理解者が多数を占め理解されよう。
すでに、古代エジプトでは糞を食べ、糞に産卵する「糞ころがし」虫を神の使い、丸められた糞を太陽神、糞塊からの出産を生き返る再生・創造神と崇拝し、糞尿を神格化していた。
原子力発電
70年代の石油ショック以降、節電、エネルギー節約、糞尿処理も研究されたが、日本は被爆国でありながら世界最大の原子力発電国となり、発電に伴う高レベル放射性廃棄物処理に莫大な投資がなされている。放射能レベルが低下する何万年もの間、しかも増え続ける放射能廃棄物を狭い国土に隔離せねばならない。
コンクリートの箱物が見直される変革の時代を迎え、地球温暖化工業から農業への見直し、金融・金属の金偏の破綻から、エジプトの糞ころがしに象徴される太陽と生命・生活の安全・安心の確立が急務だ。
化学肥料の合成が困難な東南アジアではミミズを培養し、家畜小屋付の養魚池を簡単なバイオガス発生装置へ改造。人畜糞尿・生ゴミをガス化し、沈査は有機肥料販売で貢献、清潔になった家屋は太陽光発電より糞ガス発電が有望だ。
人間自身が生き物であることを忘れず、バイオ的発想から行動すれば安価に生命も保証される。
食糧革命
現代農業では限界に達した広大な田畑で年間回転率がトウモロコシで1回、アジアの米作でも2回強だ。果物は年を重ね過ぎる。糞尿博士はこの田畑を全廃し、地球本来の森林に復元すれば二酸化炭素問題は解消する。食糧生産は公害廃棄物を資源とするタンク培養で賄うと述べている。すでに酪農家は収穫回転効率が2週間というルーメン醗酵で生計を立てている。
微生物食糧は単細胞で、この品種改良は600兆の細胞体の乳牛とは雲泥の差で生産効率も高率安価で改良できる。
原子力発電より先行した課題である食糧革命で、食糧飢餓に脅かされる心配がなくなると、人は働く動物から本来の姿である「考える葦」へと戻りうる。
酪農家の皆様に支えられて永らく連載させていただき、深く感謝しております。本紙2月号からNOSAI千葉の山下厚氏が「ウシのきもち、ヒトのきもち」と題した連載を開始してくれた。
所長は私と同様、雪の怖さを知らぬ九州男児。今月から日本酪農発祥の地・幕府直轄の嶺岡牧里を抱え、房州・安房牛の産地である南部診療所長に就任した。山下氏は「男四十厄払い・スウェーデン小走り紀行」を自費出版するなど、行動的な文筆家。伝統ある酪農の血があふれている房州酪農からの情報は尽きないだろう。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。