後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載53
インドネシアの山岳地帯で 原始的だが貴重な体験 山の斜面にトウモロコシ簡易バイオガスも設置
今年度の「牛乳に相談だ。」キャンペーンは、牛乳は家庭でコップに注いで飲むだけでなく、新しい飲用機会の開拓の1つでもある「屋外でも気軽に飲むもの」として位置づけることを狙っている。7月には「牛乳に相談だ。」のオリジナル自動牛乳販売機が慶応大学の三田キャンパス内に設置されていると本紙がカラー写真付きで報道している。(8月1日号)
このオリジナル牛乳は、慶応義塾出身で、都内大学生協設立当時(1950年代)に産学一体化を旗印に「天然牛乳」を大学に送り込んだ八千代町酪農組合(現在の千葉北部酪農協)の2代目組合長である新倉舜作氏と関係が深い。自販機の設置は生産者、乳業者(売れ筋の「明治おいしい牛乳」も並ぶ)、販売店が一体となって実現した。夏休みを利用して海外旅行を楽しんできた人には、飛行機内での飲み物サービスでワイン等と共に牛乳のサービスを受けた人もいるのでは。
新幹線での車内販売を実現すべく酪農婦人部が車内で牛乳配布を試みた記憶があるが、飛行機内同様に車内でも気軽に飲めるペットボトル牛乳が発売されて「新しい飲用機会の開拓」の実現の1つにしたいものだ。
さて、今年の海外旅行は「円安」と「物価高」に直撃されたことだろう。酪農経営は常に経済動向の後手に回されるが、二酸化炭素の排出を削減するため、「バイオ燃料」や「ポリ乳酸=コーン・プラスチック」の生産にトウモロコシが工業部門へ流用されている。石油ショックがおし掛って来たのだ。
私はインドネシアの電気も無い山岳地帯でイスラム部族達の「牛飼い始め」を手伝っているが、今年ばかりは為替の影響から手持ちの小遣いが40%も減少。更なるけちけち生活を強いられた。
現地では、必須食品である砂糖がほぼ倍になったが、問題なのはトウモロコシだ。牛の餌として、購入トウモロコシ給与で増乳効果を実感し始めたとたん価格が5割高に。山岳特有のイノシシ被害でトウモロコシの作付けを諦めていたが、この物価高と増乳効果の相乗作用から、災い転じて牛飼いが村人に委託してトウモロコシを作付けし、実は持ち帰って良いが、茎・葉は牛に与えられるように運搬させるという、ギブアンドテイクを提案し実現。山の斜面にトウモロコシを作付けするという、酪農の原点である自給飼料生産システムが実現した。
イノシシ対策は結束が強い村人の知恵と人海戦術に期待しているが、読者の皆さんに何か名案があれば、メールで教えてくれると非常にありがたい。
さらに、窮すれば通ずるで、農地確保は古くから山の樹木を伐採し、焼畑とする農法が持続出来なくなったため薪が不足。そのため、燃料の自給に迫られていたが、牛糞をビニールバッグに詰め込み、パイプで連結した簡易バイオガス発生装置が今年初めて10頭飼育の牛舎に設置された。
電気もプロパンガスも無くとも、バイオガスでいつでも湯が沸くことから、自家産のアラビック・トラジャコーヒーを持参して、話好きな村人達が「熱い青い炎」を囲み、私はコーヒーを飲みながらキャンプ気分を味わって、イノシシ捕獲策を練っていた。
現地では気温35度の自然の恩恵を受けてバイオガスが確実に発生するが、ビニールバッグを地中に埋める際は手で掘らなくてはならないうえ、セメントを購入する予算は不足。さらに、集中豪雨が来ると、穴に水が溜まってガスタンクが浮かび上がるため、必死に押さえ付けなければならない。そういった原始的な対応に追われているが、私自身は貴重な体験をしていると思っている。
肝心の現地の牛乳消費量であるが、身近に飼っている山羊の乳さえ飲む風習が無く、鶏は「庭とり」化。野鶏の卵は豊富に食べているが、現地の知識人は「学校給食で牛乳を飲む習慣」を夢見て期待している。バイオガス並みにこの夢も実現するのは早そうだ。電気についても風力かソーラー発電でミルカー搾乳開始も近い。わが国の酪農の歴史と現実をモデルに「温故知新」を活かして新しい生き方をも模索していかねばならない。
以前は各地でよく目にした共同作業によるサイレージの詰め込み作業は、酪農を実践しているという満足感があった。今はもう動かない100年たった古時計ならぬ、今も充分に復活できるサイロが息づいている。
円安と石油の高騰により、農作物たる穀類が代替エネルギーとして工業サイドのバイオ燃料部門に吸収された。その結果、穀物の価格は高騰した。そのような情勢の中、自給飼料による酪農経営は、まさに「自救」効果が抜群である。現在も各地に生き残るサイロ詰めを実践している酪農システムは健全である。
一方、円安で「儲け」が世界第1位のトヨタ自動車がインドネシアにバイオ燃料用原料のサツマイモ農場を建設中という。サツマイモは、戦時中は学校の運動場を小・中学生にほじくり起こさせて植えつけしたこと。敗戦まもなく「芋飴」が登場し、広大な芋畑にデンプン工場が乱立し、その粕が飼料化された。
始めは豚の餌から出発し、酪農が振興され牛飼いは蹄耕法などから草作りをこぞって実践したが、先輩格の専業牧場は「粕酪農」と称され、酪農と区分されていた。
だが、搾乳牛に一貫目のサツマイモを給餌したら乳量が倍増したと騒ぎになったりして、粕類を利用するようになった。
当時はサツマイモ、現在はトウモロコシ。すなわち古くはデンプンであり、新しくは「NSC(非構造性炭水化物)=NFC(非繊維炭水化物)」と古くて新しい内容を持つ重要な人畜共通の食物であり飼料である。
しばしば述べてきたが、なお深く理解して「円安・飼料高」対策としても役たつルーメン発酵の主役である微生物、それを構成する菌体粗蛋白質(Bacteria Crude Protein:BCP)の合成には蛋白質の主役である窒素と発酵エネルギーが必須であること、蛋白質の種類とエネルギーの質の最適比率を掌握して献立給与する飼料中の蛋白質や炭水化物(デンプン)や脂肪の関わり方を次回にまとめてみよう。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。