後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載8
搾乳は「金」のなる木 泌乳生理に合った搾乳管理 感覚に頼らず 個体搾乳量の記録・分析を
酪農業にとって「搾乳作業」は「お金」を生み出すカナメであり「心臓」である。ご承知のように心臓は生まれて死ぬまで休むことなくリズミカルに働き続けている。
多くの人が脈拍や血圧には深い関心を示し、熟年者は自らの血圧の動きを数量的に正確に空んじて自分の健康管理に有効利用している。
ところが搾乳作業に関しては、人の血圧に相当する基本的な朝夕の固体乳量の計量が無く、記録がないので前日との比較分析すら多くの人が把握していない。
せいぜい毎日訪れてくれる集乳車の集乳伝票しか記録がなく、図表に記録して分析している人はマレであり、伝票が風で飛ばされ紛失している人もいる。
ましてや固体毎の搾乳所要時間に至っては、漠然と「しぶい牛」といった表現しか持ち合わせがない。泌乳速度が速く数分にして20㌔以上も泌乳している牛(乳頭口がゆるく乳房炎に罹患しやすいので細心の搾乳管理が必要なのだが)を「乳量が少ない」と思い込む。毎回7~8分もかかる牛のほうが自己流の搾乳ペースに向いていて楽に搾れ乳量も多く稼いでいると錯覚している傾向が強い。
そこで、乳量計を持参して(時には4分房別々に)固体毎の搾乳量を実測し、前もって畜主から提出してもらった固体毎の推定搾乳量と比較した。
その結果、乳量順位は見事、渋く泌乳速度が遅い乳量が少ない牛が上位にランクされ、トップの高泌乳牛が最下位に集中していた。いかに畜主の「感」に頼る搾乳が一人よがりであるかが証明された。
牛群検定加入者は月1度の実測でも日常的に固体乳量・成分を意識して管理搾乳を行なうので搾乳牛への対応が改善され、心強い。
「良い搾乳」とは。
一口で言えば「泌乳生理に合わせる」ことである。この泌乳生理は誰もが承知している「オキシトシン・脳下垂体神経射乳ホルモン」の有効利用に尽きる。
オキシトシンは注射後60~120秒で射乳開始して5分間持続する。
従って、搾乳刺激すなわち前搾り→乳頭消毒清拭乾燥→ティートカップ装着までの一連の行程を90秒以内で完了しなければならない。
乳房が張ってきてからカップを装着したのではタイムずれが生じる。装着終了と同時に乳房が張る、すなわち乳房内圧が高まるように、装着して直ちに乳頭槽内乳汁を搾乳して乳房槽内乳汁を乳頭槽に移動させないと乳汁の出口が無く乳房内圧が上昇する。
この内圧上昇は乾乳の原理と同様に射乳現象を抑制し泌乳停止が作動する。出口がなくパニック化した乳房槽の乳汁は乳腺胞の乳汁生成停止・吸収へと泌乳に反抗して逆送される。
幸い乳頭口のゆるい牛は乳を濡らして内圧を下げようとするが、牛床を汚すばかりか、乾いたカップ内のライナーを濡らし乳成分がグリース化し、カップを装着してもライナースリップが発生、エアーを吸引し真空圧の急落となり周辺の搾乳ユニットまでが悪影響をうける。
乳牛の改良が進み泌乳量は2万㌔へと向上してもオキシトシンの分泌時間が延長したという報告は見当たらない。
だが、搾乳法は乳頭を握って「加圧」して搾る手搾りから、仔牛が乳頭を吸引するように陰圧で「減圧」して搾る。加圧が減圧へ逆転したミルカー搾りへと進化した。
このミルカーは増加した泌乳に合致するように改良が進み、搾乳時間1分当たりの搾乳効率が数倍へと向上し、オキシトシンが分泌される5分以内に搾乳が完了するように整備されている。
私の記憶には17分掛けて10㌔弱の搾乳例があるが、現在も5分以上かけて搾る牛は、乳頭糜爛・狭窄・乳頭槽内ポリープなど傷害が絶えない。
特に乳頭口周辺の肥厚は過搾乳による乳頭先端部の充血・うっ血の繰返しの結果であり、これを和らげるようにティートカップの早期離脱等、場合によっては肥厚部切除等の荒療治が必要となる。
プレディッピングの必要性
搾乳直後のポストディッピングは普及定着している。さらに、搾乳直前にもディッピングをやろうというわけだ。
すでに実行し成果をあげている牧場も多いが、ポストディッピング導入当時のように「余計な仕事を増やすな」の声が聞こえそうだが、あえて必要性を強調するのは搾乳時に牛から牛へティートカップを移動させるときに離脱したまま次の牛の乳頭へ、いきなり装着せざるを得ない現実があるからである。
搾乳時には全く消毒しないままのライナーを受身の乳頭に装着する、この乳頭を出来る限り除菌しておくこと、また毎回の搾乳時にくりかえし乳頭消毒することでライナーへ乳頭からの細菌汚染を減少させることを狙ってプレディッピングを行なうわけだ。
なお、昔の乳頭は乳房から垂れ下がる糞尿で「消費者」には見られたくない悲惨な状況にあったが、最近は乳頭の汚れが見られず、人の手掌並で、いきなり乳頭と握手しても暖かみを感じる清潔さが保持されてきた。
このような乳頭を馴染み深いルゴール・ヨードで消毒して消毒済み乾布か紙で拭き取り乳中への混入を皆無にする。
特に乳頭口周辺の凹み内の敷料粉末等をホジクリ出すように親指と人差し指でツネルような行為は搾乳刺激効果を高める。ヨード剤は広範囲の細菌を殺し即効性も強く殺菌作用時間30秒を厳守することで効力を発揮する。
またこの30秒は、ヨードがこびり付いて拭き取れなくなる前に清拭が終了できる。
前搾り・乳頭消毒(プレディッピング)清拭乾燥次いでティートカップ装着までの全工程がラップタイム90秒以内に収まりオキシトシンの射乳開始タイムにぴったり合致する。
この90秒の制限時間搾乳は牛毎に一人の担当者がテキパキと進行させなければ実行できない。パーラー搾乳でもこの行程を担当者が分業しては制限時間をオーバーするし、1人で担当できるのも3頭ずつを完結させながら搾乳することが泌乳生理にかなった時間搾乳となる。
プレディッピング導入で秒単位を意識した緊張感を持って搾乳することで「お金」を生み出す時間搾乳が進展する。1人で多数の搾乳ユニットを操作するのは自己満足に陥り、ルーズな搾乳となって乳房炎まで誘発し「お金」は遠のいてしまうだけだ。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。