後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載72
蹄について学ぼう 床擦れで敗血症を併発 死に至る蹄病に注意せよ
酪農家の皆さんは後肢の副蹄で大事な乳房を傷つけ、乳頭を切断された経験があるでしょう。
インドネシアは頭数が極めて少ないため分娩に立ち会う機会は少ないが、たまたま新生子牛の副蹄や蹄(ヒヅメ)の軟質部を剥離するのを目撃した。
動物愛護の観点から断尾、除角、爪抜きを禁止せよとの意見があるが、家畜のと畜には決まりがある。キリスト教はヒト以外の蠢くもの全てを人間以下とし、尾、角、指の生物学的進化(人は角や尾はなく、5本指で、馬や牛は奇蹄、偶蹄の差)を否定し、鯨は食べない。動物愛護は仏教徒以上だ。これらを思考し家屋の土台に匹敵する蹄を話題にする。
乳牛の多発疾病を歴史的にみると、消火器病多発から代謝病、繁殖障害、乳房炎へと世代交代し、近年は運動器系、蹄病、跛行が首位を占める傾向が先進国から後進国まで認められる。
筆者は蹄病で起立不能となった牛にドイツ式の断蹄術で偶蹄の片蹄を切除。排膿したら牛自ら起立歩行開始、さらに産次も重ねた経験がある。
その後、繋ぎにサブヒール、ホース巻き、蹄に下駄を接着するなど、予防や治療法も進化してきた。繋ぎ牛舎では尾を天井から下げた紐で縛って汚染を防ぐ。牛床が湿潤でスリップすると、骨盤や四肢に損傷を与えるが、左右の後肢繋同士をロープで結び「股開き」なども予防した。それを見聞した人は動物虐待と見なす人もいた。
また、筆者はインドネシア・セレベス島の山岳地帯で水牛や山羊を乳牛に切り替える、まさに、我が国の酪農史の半世紀以前の中に飛び込んだ。
当初は、日本の若き酪農家諸君は実感が無い「急性鼓張症=ガス腹」で導入した乳牛が急死する昔話のような現地報告ばかりだった。インドネシアの水牛は頑強で、赤道直下でも10日前後放任してもドブ水さえあれば元気そのもの。
一方、導入された乳牛は繊細で気難しく、しかも高価な存在だ。さらに送電線の普及によって衛星放送が受信でき、雌雄の産み分けやクローン技術といった先端情報まで伝達される。まことしやかに水牛とホルスタインの交配が実現したと騒がれた。今ではセレベスの山岳地・トタジャ地域には白黒班の大型水牛種が存在している。
さて、現在のガス腹対策は成功したが、高価な導入牛の逃亡(盗難?)を恐れてか頑丈なコンクリート餌槽と牛床に囲まれた城壁まがいの牛舎が建てられ、日本では馴染み深かったスタンチョンの存在は皆無。まさに終日繋がれっぱなしである。しかも繋ぐロープが小指より細くて短い。ロープを長くすると手綱が絡み、骨折して廃用に至ってしまう。
水牛や在来種のバリ牛は10㍉くらいの細ロープでボス牛1頭だけを係留。その周囲に10頭程度を原野に昼夜放し飼い。原野は野草豊富で糞尿処理なども必要無く、伝統的なやり方で飼育されている。
一方のホルスタインは水牛や在来牛のような放し飼いは困難だ。運動場設置の発想も誕生しない。したがって、早くも酪農歴数年にして蹄病、運動危機障害、跛行、徒長蹄、「またぐされ=趾間腐燗」、腰角損傷が頻発、患牛は起立困難で横臥のまま。餌槽が高くて摂食飲水困難で衰弱し、産前・産後には起立不能に陥る。
必然的に「床擦れ=褥創」は重症化し、敗血症併発で2~3週間後に斃死に至る。これらの事後報告で気が滅入る。環境が快適な牛舎は、のんびりと横臥のまま排糞を行う輩が散見できるのだが。
ガス腹を克服しても蹄病対策は多様で起立困難牛の寝返り促進、体表マッサージも3本の細いロープを捻って太い1本にする。幅広い吊起帯を手作りしてから人力で寝返りを打たせる。
よって、ホルスタインは扱いにくい悪印象を強めるばかりだが、寝返りを打たせる前の横臥中に起立困難の原因たる蹄病の処置をも楽に実施できる。インドネシアでは、我が国で身近なカウリフトやフォークリフトなどは高嶺の花だ。
寝返り促進で蹄病、褥創感染症による廃牛を食い止め、諦めていた分娩をも成功させ介護の重要性を著者も再確認した。
なお、ホルスタインは臆病で、尿溝や牛床の凹みに尻餅をついただけで自力での起立が困難となる。人力のサポートは欠かせないが、救助作業中にロープの擦過傷や再転倒で骨折させるダブルパンチは最悪の結果を招くなど、牛の介護には心理面も応用せねばならない。
近年、蹄病関係の研究報告資料は想像以上に多い。飛節周囲炎・前肢の膝瘤に介護用の「紙おむつ」が重宝だ。本誌05年7月20日号にNOSAI兵庫から薬剤不要「紙おむつ」を115肢に巻き付け、84%の治癒結果を得たと研究発表し、農水省経営局長賞を受賞した事例が掲載されている。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。