後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載79
骨格は縁の下の力持ち 骨は五蔵六腑のナビゲーター 位置を確認し、牛の健康守れ
骨格は巨体を支える縁の下の力持ち
乳牛は骨がない乳房に関心が向きやすい。クラゲのように骨がなかったら乳房は支えられず陸上を運動できない。一本の骨は堅牢で堅物だが、成長する生き物の中では軽いもの。例えるならば、軽量鉄筋並だ。多数の骨から構築された骨格は、脳や内臓を保護する。骨の内腔の骨髄は造血工場で、骨穴から血管・神経が出入りする。
また、体内のカルシウムは99%がリン酸カルシウムで、それがカルシウムとリンを貯蔵する。
「骨太で頑丈な骨に注目」と8年前、全国酪農協会発行・監修中野光志・工藤徹郎画秋山賢一の「続・牛飼いの眼」酪農技術マンガ集71ページ「骨の秘密のワンポイントアドバイス」を秋の夜長に再度当誌を見開いていただきたく転記しました。
骨の秘密Ⅴ「巨体なる故、四肢の骨折は致命傷」
冬季は牛床・通路の凍結でスリップ骨盤骨折が多発。尿溝に四肢を突っ込み骨折。起立不能や跛行など吊起してみると脱臼を発見する場合がある。大腿骨と脛骨の膝蓋関節(人間の膝小僧に相当。牛は尻部に納まっている)の脱臼は切腱術で修復できるが、骨盤と連結する股関節脱臼は致命傷だ。
骨の秘密Ⅵ「骨様皮膚変形物」
小骨そっくりの歯、頭骨の延長と思われる角、蹄を爪と思えば人の爪から皮膚の延長が理解されよう。卵胚から体の各器官が分化して発達する過程で、骨は筋肉、生殖器、血液、血液関連の脾臓とともに中胚葉から発生する。歯、角、蹄は、皮膚、乳腺、脳、神経と同じ外胚葉から分化発生する。
牛には人間の鎖骨に該当する骨がなく、板状の肩甲骨が胸部に腱で貼り付き、ゆるむと開脚姿勢となる。また、牛の飛節と人間の踵は同じ関節だが、着地面に大差があるにもかかわらず骨の数は変わらない。
頭蓋骨、頭の痛い話
頭蓋は脳、神経頭蓋と顔面、内臓頭蓋の二重構造に分かれる。脳頭蓋は18種の骨の集団で、細かなギザギザで骨が連結され、場所に応じて冠状、矢状、ラムダ縫合で頑強に結合され脳を守っている。
静的な脳頭蓋に対して、呼吸、摂食など常に動的な顔面頭蓋は子牛から成牛へと生長も動的。鼻骨、下顎骨が伸張し、牛面へと顔相が変貌する。鼻環を装着する場合は鼻骨軟骨に当たらぬよう注意して貫通させること。
頑強な脳頭蓋と軟弱な顔面頭蓋
助産時に胎児の下顎にロープを巻いて引き出すと下顎骨折や前歯の脱落が見られる。胎児の顔面頭蓋骨は未発達で軟弱である。脳頭蓋骨はすでに頑強に発育しているので、両眼窩に指を突っ込んでつかみ引き出すか、鈍鉤を左右に挿し込んで引き出しても骨はびくともなしない。眼球が傷む心配もない。下顎にロープを巻くのは厳禁だ。頭骨は後方からの力に弱く頚骨骨折が馬栓棒、草架、首挟みで発生する。驚かせ急後退させぬことだ。
骨盤(寛骨)の発育
骨盤は左右の寛骨(腸骨、坐骨、恥骨の合体)と背骨末端の仙骨(5個の仙椎の合体)尾骨で囲まれ、頭蓋骨次いで頑丈な骨群で、重要な産道となる。骨盤は出生時から成牛へと成長過程で大きさ形状が幼児体型からマダム体型へ成長する。寛巾広く腰角巾が狭かったのが次第に接近し、成牛で逆転する。出産時の骨盤は仙骨と腸骨の結合部がゆるみ骨盤腔が拡まって産道が広がり出産を助ける。
骨盤周辺の神経分布と灸
乳房神経は第1~2腰椎から子宮神経は第3~4腰椎と仙骨から、後躯・肢神経は尾根部尾椎から出発分布している。したがって、腰や尻を蹴飛ばす虐待的起立法は乳房炎・流産を誘発する。
尾根部を声を掛けながら人の膝で押すスマート起立法、さらに尾根部の湿布や灸は起立困難牛に効果的だ。
骨は五蔵六腑のナビゲーター
酪農家は牛の健康を守らねばならない。体温計、聴診器、打診器、診断液はいつでも使えること。体の大半を占める内臓のうち五蔵は、心、肺、肝、脾、腎の順に肋骨で抱擁されている。肋骨は左右13対背骨から下腹の胸骨へ等間隔で並列する。
この肋骨を番町目とし五蔵の位置を確認し、聴診しながら軽く打診して大きさ、疼痛、音色で、第四胃変異、創傷性心膜炎、肺炎などを検診する。肋骨は第1から第4までが前肢に隠れて触診しづらいため、季助(最後の第13肋骨)から逆に数えて位置付けする方が判りやすい。
心臓は左前肢を前に踏み出させて聴診する。右心房・室は左方第3~4左心房・室は左方第4~5肋骨間で聴診できる。肝臓はルーメンに圧迫され右方に偏在して第10~12肋間上部に位置する。
肝臓肥大や打診時の疼痛など疾病の早期発見に役立てたい。体温測定の時間中に尾骨、尾根内側に指を強く当て脈拍数を確認。食道・気管は反芻食塊の嚥下具合で位置を覚え、食道梗塞(のどつかえ)のとき応急処置として首の左右からカブの塊などを叩き潰すことも可能だ。
牛の六腑は4つの胃で独占
人の六腑は胃、胆嚢、小腸、大腸、膀胱、三焦(副腎)だ。牛は巨大且つ複雑な4つの胃が腹部を独占し、特にルーメンは左腹部を占有する。小柄な蜂の巣胃が左側の心臓と横隔膜を挟んで2~5㌢で密着し、針金による心膜炎の原因となる。
右腹部前方に球体の重弁胃、その下腹部に第四胃がある、つまり右方第9~11肋軟骨結合部(胸骨)の最下腹部に位置するのが正常だ。右部はルーメンが占める左部よりゆとりがあるが盲腸拡張症でガスが貯留すると金属音が聴取できる。
第4胃変位も左方の後部肋骨上方まで浮上して金属音が聴取できることは周知の通りだ。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。