後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載74
蹄病招く栄養障害 乳牛も生活習慣病時代 口から爪まで手抜きするな
内科的栄養障害も蹄病を招く
草食動物の蹄病・跛行の原因は、外科的な外傷、骨折、打撲、捻挫、刺傷による怪我が多い。イソップ物語の「象と蟻」では歩行が困難となった像の巨体に刺さっている小枝を蟻が取って助ける話がある。古い牛舎や改築中の鉄筋舎飼いでは、しばしば古釘や鉄片が刺さって跛行が発症したが、蟻と同様に畜生の簡単な処置で解決した。
しかし、近年の先進国では、人も牛も飽食の時代を迎え、車社会も加算。美食と運動不足で、メタボ脂肪肝から成人病へと生活習慣病が蔓延。その対策に栄養管理と運動が健康づくりの基本となっている。
この分かりやすい生活習慣病を念頭に、牛のまたぐされ、蹄葉炎などの蹄病を内科的・病理的な話題として取り上げて蹄病予防に役立てたい。
エンドトキシン菌崩壊産物毒素の脅威
愛牛が急に腰抜けして起立困難に陥り、米や麦を盗み食いしたことを発見する。
また、産後は疲れが出ているからと初乳を搾らず、自力での起立を待って甚急性乳房炎の発見が遅れた経験もあるでしょう。配合飼料なら1袋くらい平気で食べてしまうのに、米麦単味だと5㌔でも死亡してしまう。それを大麦中毒死と称した。
腰が抜けた時はカルシウム注射を打つに限る。乳房炎には抗生物質を即注射する。しかし、期待に反して症状が悪化したものだ。
これらは過食によるルーメンアシドーシスでルーメン内細菌の死滅や乳房炎菌の崩壊産物毒素であるエンドトキシン産出による毒性被害である。エンドトキシンは細菌死亡時に細胞壁が壊れると放出される有毒物質で、生体にさまざまな作用を及ぼし、発熱、敗血症、ショック、DIC(播種性血管内凝固)を引き起こす。
第2の心臓ポンプである蹄組織内の血液循環系にもDICが急性、慢性的に発症する。巨体重に比して蹄底負荷面積が狭い乳牛は反応が早く跛行から起立困難になる。
エンドトキシンはO‐157中毒発生のたびに牛が罪人扱いされるが、この毒素の致死量を比較すると、牛は極端に感受性が強く、わずか15㍉㌘で死亡する。
一方、人、サルは3㌘に耐えられる。3㌘は15㍉㌘の実に200倍。それだけ人、サルは鈍感(頑丈)である。近年ようやくエンドトキシン毒素はリムルテストという古代生物であるカブトガニの血液製剤でナノ時代(10億分の1)にふさわしく、ナノ㌘単位で測定され、検診に利用され始めた。
乳牛の慢性生活病的「蹄病」
そもそも牛は生理的に(人の半分の血糖値)低血糖である。しかし、今までは縁が無かったはずの高血糖=糖尿病が報告されるようになってきた。人間の糖尿病は潜在的予備軍として子供まで対象となり、万病の根源とされている。
ご承知のように、糖尿病がひどく悪化すると演歌歌手の故・村田秀雄氏のように糖尿病性壊疽で両足切断や網膜症、失明もやむなき事態に至る。
異常毛細血管・動脈硬化が進行し、足や目の末端血管が閉塞。跛行、弱視はもちろん、末梢神経は機能せずに痛みも温度感覚も消失する。まさに牛の蹄病同様にフットケアで足の血液循環の監視や足の血管バイパス手術も行われている。問題なのは人も牛も、症状が潜在化して緩慢進行で放任され、手遅れになっていることである。
また、血糖と密接な関係にあるインスリンは肝臓に働きかけ、血中の糖分から脂肪合成を促進するなど、血糖値をコントロールしながら脂肪代謝と深く関わっている。
そして、皮下脂肪や内臓脂肪の蓄積沈着から脂肪肝・腸管脂肪壊死などを発症させている。
糖尿病とともに人の帝王病=痛風も牛の内科的蹄病の原因に類似している。日本では明治以前にはないとされた飽食時代の病気である。痛風は栄養事情が良くなると増え、戦争などで栄養事情が悪化すると消滅する。河川や畑作の富栄養窒素過剰と同じく、動物性蛋白窒素の摂取増加による蛋白質代謝産物である尿酸の過剰沈着病である。
鳥類や爬虫類の糞の白い部分が尿である非水溶性の尿酸だ。膀胱を持つ人、牛は尿中に水溶性の尿素として排泄するが、牛は脂肪沈着による腎臓障害を発症しやすいから警戒したい。
反芻動物の特異的ルーメン発酵と蹄病の関係
ビオチンと呼ばれるビタミンHに注目しよう。水溶性ビタミンであるビオチンが不足すると蹄がヒビ割れて脆くなるため飼料中に必ず配合するよう飼養標準で定めている。
ビオチンに限らずビタミンは、本来はルーメンで必要量が合成されたのだが、濃厚飼料多給の現状では合成量が不足する。粗飼料対濃厚飼料比が50対50になると、ビオチンは乳牛の最大合成量の半分以下だという。蹄の角質細胞内部はケラチンと呼ばれる硬い蛋白質で、角質の細胞同士は接着剤の様な物質で硬く構築されている。この角質細胞がケラチン蛋白質を作る時の補酵素としてビオチンが必要となる。
さらに、角質細胞同士を繋ぐ接着用物質の生成にも関与している。丈夫な角質蹄が確保されれば護蹄効果向上で、雑菌の侵入も防止される。良質なルーメン発酵を持続させ、生産性を向上させるためには口元から爪先まで手抜きするなかれ。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。