後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載22
耐性を得る細菌 抗菌剤の半減で耐性菌を退治 細菌の抵抗力 危機を乗り越え進化
薬剤耐性菌の伝播機構を検討するにあたって、まず薬物はどのようにして効くかを知るべきであろう。
薬は化学物質の作用を利用して体内の物質、すなわち酸素や酵素の作用で生成されたタンパク質などの働きを助けたり、逆に阻害して薬効を表すが、体内に侵入してきた細菌などの病原体の増殖を阻止する抗生物質や破壊する抗菌剤が今や主役である。
体細胞と同じく細菌も細胞が単位であるが、植物と細菌にだけ見られる「細胞壁」があって物理的外力から細菌を保護している。
細胞内の物質濃度は濃厚で浸透圧が高く、外部から水分が入り込んで細胞が肥大化するのを細胞壁が防護している。黄色ブドウ球菌の細胞内圧は20気圧にも達している。
植物の細胞壁は粗いセンイでもあるセルローズで構築されているが、細菌の細胞壁は糖ペプチド(アミノ酸)で網目状に固めてある。
ペニシリンやバンコマイシンはこの細胞壁の構造過程を阻害するので、菌は強烈な浸透圧に耐えられず破壊される。細菌も生物であるからDNAの遺伝情報に支配され、菌固有の酵素や菌体成分が代謝を行っている。これらのDNAを阻害するのがテラマイ、クロマイである。
サルファ剤は菌に必須のビタミンである葉酸の合成を阻害するし、最近話題のラクトフェリンは菌の増殖に必須のミネラルである鉄分(フェリン)を菌より先取りして菌を餓死させる。
細菌が増殖する時に必要とする物質を合成する過程で、利用する酵素やビタミンなどに類似の物質を抗菌剤として投与すると、菌は釣りの疑似餌のように騙されて飛びつき、合成阻害が生じて死滅する。
このように、それぞれの抗菌剤には菌に対するそれぞれの作用点があって、それが阻害されると菌は死滅する。
菌は狙い撃ちで破壊するから原因療法というわけだ。このままでは抗菌剤は細菌にとって最大の敵であり、種族の絶滅にもなりかねない。
しかし、細菌は人類以前(有史以前)から地球に存在し続け、その遺伝子を保有し、この機能によって「種の保存」「進化」を発揮して現存してきた。
したがって、環境の悪化に対しそれに適応した遺伝子が進化過程を経て出現し、機能を発揮することは容易である。細菌が抗菌剤に晒されると、これに対抗して遺伝子を変化・変異させる変身術で抵抗して作用点の迂回路ができて薬物の耐性を持つことになる。
また、初めから自然耐性菌が混在していて治療薬に感受性を持った菌が死滅しても、少数派であった自然耐性菌が増殖する菌交代現象も見られる。病巣内に混在する菌の中で加療薬に耐性菌のみが選択的に生き延びて増大し、主要病因菌となって治療効果がなくなってしまう。
一方では、薬物を使わなくなると耐性菌が減少することも知られていて、薬物の投与総量に比例して耐性菌が増大するが、総量が少ない場合、迂回路を通る耐性菌は効率が悪く存在が激減する。
東大病院で抗生物質使用量を半減し、特に第三世代の新薬を重点的に減らしたところ、古い建物であるにもかかわらず、1~2年でMRSA(耐性ブドウ球菌)の院内感染がゼロになった実績がある。アイルランドでも抗菌剤の使用を制限したところ、多剤耐性菌が減少し、投薬なしでも35%で自然治癒が認められている。
SARSや鳥インフルエンザの流行期にまず「手洗い」と「うがい」が励行され、効果が認められているように、基本を尊重し、抗菌剤の半減をまず実現させ耐性菌を追放することで感染症の治療をやりやすくしなければならない。
「朱に交われば赤くなる耐性菌は耐性を移す」と世界に先駆けて日本の研究者が赤痢菌の多剤耐性菌の研究から耐性R(レジスタンス)因子、伝達性Rプラスミド遺伝子を確認。混合培養中に赤痢菌から大腸菌へ多剤耐性R因子が一挙に水平移動で伝達されることを確認したと、1959年11月の新聞で報道されたものだ。菌の種族を超えて耐性遺伝子プラスミドが伝達されるのだ。
さらに、赤痢菌が本領を発揮するベロ毒素生産能の遺伝子も腸内で同棲中の大腸菌へ伝達し、遺伝子が組み込まれた実例として0-157が赤痢菌特有のベロ毒素生産能を発揮する事態が発生している。
つい最近まで単細胞の細菌は無性生殖で2分裂で増殖していくと定義されていたが、このR因子の登場によって、細菌にもオス・メスがあり、R因子を獲得したオスの細菌は接合によってメスにR因子を注入しメスをオス化、さらにメスを求めてR因子を注入し次々にしかも菌の種類に関係なくR因子、耐性遺伝子を伝達していくことが日本から発表された。
細菌が分裂することで先祖帰りすることも知られているが、アメリカでは12年間培養を継続しても依然としてR因子は持続していた例が報告されている。
抗菌剤に頼らない治療として、細菌の天敵ともいえるバクテリオファージ(細菌にのみ感染して死滅させるウイルス)を利用するファージ療法などが研究されている。
また、ファージを介して耐性を感受性に逆転させる遺伝子を導入させる療法も可能性があるという。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。