後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載73
ヒヅメは第2の心臓 蹄は知覚組織そのもの 年に2回以上削蹄しよう
生産低下は蹄から
蹄病・跛行による生産性の低下は実感が乏しい間にも徐々に進行し、発現の約90%が後肢の蹄に集中。その結果、廃用となる例が増加している。
多頭化、省略・省力管理で個体管理が疎かになり、かつての愛馬(牛)精神が旺盛な時代は当たり前だったヒヅメの手入れが忘れられている。牛の足を持ち上げる基本的な管理技術も疎遠になっている。
さらに、牛は馬より超鈍感で我慢強い。断蹄手術をした時に初めて確認できたのだが、骨髄まで化膿していても外見の症状は軽く、蹄を切除して悪臭の膿汁の排出を目の当たりにしてようやく反省させられた。
もちろん日常の産乳量、食欲、発情挙動などを観察・把握していれば早くから不調兆候を感知して対処できるはずだが……。
肢は前後駆動専用
多頭化の波に乗って牛舎改築が始まった頃、放牧牛はヒヅメの伸び具合が少なく均整ががとれていることから、スレート屋根のスレートを牛床に利用しようと考えた。
そこで、牛の体重が四肢にどのように分散負荷されているのか?蹄の内外偶蹄の2つの爪への負荷は?などを考慮しながら実験してみた。
牛の肢は前後への蹴り上げは激しいが、左右への回し蹴りは不得手である。解剖学からは、前脚は平たい肩甲骨が体表にぴったりと平面に接着して、ヒトにはある鎖骨との関節が牛にはないため、回転できない。後肢は骨盤と大腿骨が密着して脱臼を防止しているが、股開きが命取りになる。
結局、スレートで自然摩耗を目論んだが、牛床マットも前肢の方が破れやすいように、あっさりパカンと一撃でスレート床は破壊された。
蹄は爪先歩きだ
鯉渕学園の学生諸君に自分の足裏と牛の四肢の着地負荷面積を測定し、1平方㌢㍍当たりの体重を算出させた。読者の皆さんはすぐに推測できるでしょうが、人の足の裏は、指先関節から踵まで長広い着地面がある。
内部の骨組みも牛と比較すると骨格図が示すように、人の踵は牛の飛節に相当する。つまり、牛の歩行をヒトで例えるとつま先歩行であり、短距離選手がスタートラインでとる体勢の延長であって、長時間の歩行や起立は不向きである。
さらに、前蹄でパカンと一撃すれば重機並みの破壊力だが、蹄への反動も甚大だ。役牛運搬が盛んな頃、牛も競走馬並みに前肢に鉄を打ち込んで馬力=牛力を上げるとともに、蹄の保護も確保したものだ。
靴と蹄の違い
ジョギングが盛んになって高価うな運動靴が売れているそうだが、新聞報道によると骨盤から来る男女差の走り具合を考慮した靴が最近市販されたそうだ。
日本と土地柄が似ているオランダの獣医大学で教科書として「牛のフットケアと削蹄(1981年、日本語版=1990年、幡谷正明・石井恭一訳、チクサン出版)が今から30年近く前に刊行されている。
その本によると、靴も蹄も足・肢を保護し自由に起立して歩行を可能にする。しかし、健康な足に破れた靴を、逆に病気の足に立派な靴を履くことは可能だが、蹄は生活組織・知覚組織そのもので、生活反応が無い靴と同じではない。人が生爪を剥がした時に初めて実感する生活組織そのものが「蹄」である。
したがって、蹄はその内部にある生きた組織から生成され、その組織は蹄によって保護されている。さらに、生活・知覚組織は2次的に保護されているだけでなく、自分自身の保護器官である蹄をも作りださねばならない。蹄は人の爪が人の体調を反映する以上に、産子を示す角輪と同様に、牛の体調を訴えている。
なお、酪農家自身が蹄の観察図を描き、蹄内部の断面と外形を照合して蹄の構造と機能の関連を理解せよ、と序文は述べている。
蹄は第2の心臓
牛体の最下端に位置する蹄からも生活組織を活性化するために血液を心臓に送り上げて血液循環を促進しなければならない。心臓から遠く離れた蹄は、どうしても血液の巡りが悪くなりがちで蹄自身が、歩くたびに体重の負荷によって内側と外側の偶蹄を広げて蹄容積を拡大させ、肢を上げたときに収縮する。
この収縮機能を繰り返すポンプの役割が蹄の血液循環を促進。つまり、家屋の土台であり第2の心臓とも呼ばれる。
さらに、このポンプ作用は運動時のショックアブソーバー、クッションの役を務め、着地時の拡張は滑り止めの役も果す。
第2の心臓もケトージス、ルーメンアシドーシスなど人のメタボ的栄養障害、運動障害による蹄の徒長・変形は、このポンプ作用が低下し、蹄の健全性が損なわれ、様々な蹄病が発生する。そうならないよう、年に2回以上の削蹄を励行しよう。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。