後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載54
夏バテ後遺症に注意 尿素態窒素濃度を把握せよ 乳牛に必要なタンパク質嫌われ者のアンモニアが生成
今夏の日本列島は、赤道直下のインドネシアより暑く、人と乳牛にまたとない「夏バテ後遺症」をもたらしている。体温よりはるかに高い外気温が、畜舎独特の湿度との相乗作用で体感温度・不快指数がいまだ経験したことがない状況にまで増長せしめた。
特に、乳牛独特のルーメン発酵は第1胃内の微生物の集団活動で維持されているわけだが、寄生的微生物の生活活性は適温範囲が狭い。本来は牛体そのものが恒温動物であり、人間同様体温が一定の狭い範囲内に保持されている。この恒常性が微生物の生活活性を最高に発揮させるのだ。本来ならば、この微生物の活性化によって、牛体そのものの生活反応および産乳活動が正常に維持されるのだが。
今夏は、皆さんの自家製ヨーグルトの出来具合がおかしくないだろうか?強烈に酸っぱくなったり、固形分と乳清が上下に分離したり、時には醗酵が過剰で沸騰したりしていないだろうか?
この自家製ヨーグルトの異常醗酵現象は、夏バテ後遺症が心配される乳牛のルーメン内醗酵の異変を分りやすく実演してくれているようだ。
自家製ヨーグルトの出来具合は、夏本番を迎えるまでは快適に安定した気温と室温でヨーグルト菌は快適に増殖していたが、猛暑下では室内温度も高騰してヨーグルト菌の増殖適温をはるかに越えて生活活性を失い、遂には死滅。侵入した雑菌が繁殖して滑らかで珍味だったヨーグルト菌は育たず、牛乳を腐敗させ、これを飲んで下痢をした人もいる。
都会では手作りヨーグルト愛好者が増えて、大きな駅や量販店の乳製品売り場では種菌が安価で販売されている。ぜひ購入して、まさに搾りたての牛乳で自家製の特上ヨーグルトを愛飲して家族の健康を守ってほしい。
一方、乳牛のルーメン内微生物はヨーグルト菌並みに簡単には入れ替えができない。現在市販されているルーメン微生物の改善製剤が開発された当時は、健康且つ産乳能力の高い乳牛「ルーメン・ジュース」を、カテーテルを鼻腔経由でルーメンまで挿入して一升瓶に2本採集。病牛に経口投与したものだ。
また、屠場に近い酪農家はルーメン内容物を入手したり、粗食にも暑さにも耐えるたくましい水牛のルーメンの消化力の根源である胃内微生物を採取して、乳牛に移植する研究もなされていた。
これらは、薬物依存から離れて自然の力を利用した解決策であった。しかし、小頭数だったから実行できたわけで、現在では思い出話になっている。
ルーメン内菌体タンパク質の合成促進
乳牛において重要なタンパク質は、ルーメン微生物の体細胞を構成するBCP(=菌体粗タンパク質)で、この微生物の活発な増殖が乳牛の健康を増進し産乳効率が高められる。したがって、夏バテ後遺症はBCPの増殖低下をもたらし、その結果、産乳量は低下する。
給与される飼料中のタンパク質の60~85%は、直接乳牛そのものが利用する訳ではなく、ルーメン微生物の細胞分裂増殖に利用される。その結果としてBCPが増産され、これを乳牛自身の第4胃以降の消化器で消化吸収する。すなわちバイパスタンパク質を自前で生産しているわけだ。
平均的な産乳能力の乳牛は自前のBCPだけで15㌔、日産60㌔の高泌乳牛ででは24㌔相当の泌乳量をまかなっている。このBCPの40~100%はアンモニアから生成されることを確認したい。
ルーメン内で酢酸、プロピオン酸、酪酸が生成されることは知っていても、アンモニアの存在は気にかけない。給与された飼料中のタンパク質はルーメン微生物由来の各種タンパク分解酵素で分解され、アミノ酸が生じる。さらに脱アミノ作用でアンモニアが産出されてくる。
なお、微生物の酵素が作用するためにはタンパク質に溶け込まなければならず、相手のタンパク質が後述する「可溶性」でなければ反応できない。
このアンモニアを構成する窒素がタンパク質に再合成されルーメン微生物タンパク質に生まれ変わる。
アンモニアが過剰に発生するとルーメン壁から吸収され、肝臓で尿素に合成される。すると、BUN(=血中尿素態窒素)、およびMUN(=乳中尿素態窒素)濃度を高める。尿素は腎臓経由で尿中に排出され、タンパク質を無駄使いし、尿素合成でエネルギーも浪費する。
なお、肝臓で合成された尿素が唾液分泌を経て再度ルーメン微生物の働きでタンパク質に再生される。
逆に、ルーメン内アンモニア濃度が低すぎると、BCPの生産が少なくなって健康を損ねて乳質低下を招く。それを防ぐためにも固体別乳質検査成績からMUN濃度が分かる牛群検定を活用すべきである。
従来は飼料中のタンパク質は、CP(=粗タンパク質)のみで示されていたが、BCPや加熱大豆などに代表される、ルーメン内で分解されない非分解性タンパク質、いわゆる「バイパス・タンパク質」と、ルーメン内で分解される「分解性タンパク質」に大別される。
さらに後者を100%急速分解する尿素や、約50%分解されるコーンサイレージ、生ビール粕などに含まれる「急速溶解性タンパク質」を、ルーメン内で数日かけて分解されるビートパルプ、コーングルテンミール中の「遅延性分解性タンパク質」に細分されている。
最後まで分解されずに糞中に排泄される「リグニン結合タンパク質」もある。
日頃は嫌われ者のアンモニアや尿素がルーメン内で過不足なく適正に働くことでBCPが最大級に効率よく生産されるためには次月に述べるが、ルーメン内で緩急に分解する溶解性タンパク質に調和して分解促進するエネルギー源である炭水化物=糖、デンプンが供給されなければならない。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。