後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載81
糞便は健康の情報屋 下痢は出血多量と同等 給餌2時間後が観察のチャンス
糞を診る、触る、嗅ぐ、測る=儲け
糞の字は「米が異なる」と書く。昔から快食、快便、糞儲けと言い、食欲と排便は健康のバロメーターとされてきた。ところが、現代は家庭用トイレがウォッシュレットとなり、しかも全自動化されて便器の蓋の開閉から洗浄、乾燥、さらに個室の照明まで人手不用となって、手洗いの習慣が忘れられたようだ。
今回の新型インフルエンザ対策にこの良き手洗いの習慣が母親から子供へ全く躾られず、小児科の医者が診療の中で、付き添ってくる母親たちに指の付け根を丁寧にねじりながら時間をかけて洗浄するという手洗い習慣の指導をやらねばならず、関係機関からは税金を使って手洗いマニュアルを作成する事態が起きた。
古い校舎では児童達が昔のままのトイレに行くのが怖くなり、登校拒否になるという話もある。水洗便所では、脱糞直後の生々しい現物が観察できて、人参のカケラの赤色を血液と騒いだり、鉈で切れるような形状、卵が腐ったような臭いがしたり、洗浄でも流れが悪く水を追流して再水洗するといったことも。
また、水に浮く、沈む、トイレットペーパーで拭き取っても汚れない、逆にペーパーを重ねても手が汚れる、食後直ちに便意を催す・・・そういったことの他、量や回数などを観察・診断することで自らの体調に思い当たることが日常的に繰り返されている。
長寿社会の影響からこれらの排泄生理が自然に社会的に表面化して糞便とともに排尿についても、テレビでは頻尿問題が騒々しい。検尿については人と違って家畜は採尿がままならないが、糞便はいつも観察できる。重宝すべきだ。
トイレットペーパー
東南アジアの多くの家庭では、トイレで左手を肛門の中まで触診し、便のザラツキまで確認するのでトイレットペーパーは存在しない。紙が混入しない便壺浄化槽も気温が高いことが幸いして、思ったよりも牛糞と共にメタン・バイオガスの発生が良好だった。
先日クイズ番組でトイレットペーパーが話題になっていた。日本人は世界一消費し、年間1人当たり50巻、女性が男性の3倍使うという。日本全国で毎日地球を24週駆け巡る長さの紙を消費。これに要する木材は7万戸の家屋を建設する量に相当する。
さらに、トイレットペーパーは水に流されるため、リサイクルできない。しかし、幸いなことに現在は再生紙とバージン紙のコスト差がなくなり、ほとんどが古紙利用され、森林伐採による環境破壊は減少しているようだ。
なおトイレットペーパーの巻き芯を廃止し、さらに紙幅を狭めて輸送コストを削減するなど工夫されている。さらに、冒頭に述べたように、わが国のほぼ半数の家庭にウォッシュレットが設置され、トイレットペーパー消費の減少傾向が高まっている。
製紙企業は日常必需品であるトイレットペーパーに関して、エコの観点とともに需給対策が課題になっていた。我々酪農乳業関係者もこれを参考にしたい。
世に言う病院での5分間診療よりも「糞便は健康の情報屋」という通り、人にも乳牛にも共通して言える言葉だ。この言葉を活かして糞便から得られる毎朝の定時観察によって正確な情報診断から健康保全に努め、「糞儲け」という味わいある言葉を活かしていこう。
糞便観察適期は給餌の2時間後
私は全寮制の鯉淵学園在職中、学生達と24時間体制で搾乳牛60頭を観察した。その結果、排糞・排尿は、搾乳(当時は朝5時開始)終了後、給餌した2時間後の8時台に集中。排糞回数は1日に16~23回、排尿回数は3~9回であった。給餌後2時間までに全平均の5倍の回数を記録していたことも分かった。搾乳牛は深夜にも毎時1回近くの排糞があり、人と異なり観察中に必ず脱糞に遭遇した。
鯉淵学園の場合は、つなぎ牛舎で固体観察は容易だったが、フリーストール牛舎では観察が難しい。追い込み牛舎同様に、連動スタンチョンにより給餌と休息を与えた後、牛群を開放する時に固体ごとの観察強化による異状牛の早期発見を心掛ければ発見が遅れることもない。
食欲不振、元気消失、尾力低下、さらには尾毛や後躯の下痢便汚染が常在するに至っては、酪農家の観察力の怠慢の証と言えよう。
健康便の掌握、まず糞便の水分含量を
健康な子牛の便は、水分含量65~80%。成牛の80~90%よりやや硬め、搾乳牛は水分が最も多い。ロストル牛舎では水分86%以上のいわゆる軟便でないと糞尿溝内へロストルの間隙を通過して落下できない。また、搾乳牛と比べて乾乳牛の糞便は硬めであり、人の手で掻き落とす必要があるため、追い込み乾乳牛舎が必要となる。
下痢便は水の様で、尿や異状牛乳と同じレベルの水分含量90%以上、すなわち固形物が10%以下である。重要なことは、糞便水分重量が6~30倍にも達することだ。下痢は腸管内から体内への水分の吸収停止、逆に体液が腸管内漏出し、頻繁に下痢便、すなわち多量の水分が排泄され脱水が進行する。赤い血便には騒いでも下痢には慌てない傾向がある。
しかし、体液は天からの貰い水。赤い血液と同じ生命の根源である。下痢の排泄はまさに出血と同様。下痢すなわち出血多量であり、体重の12%の体液消失でショック死を招く。
また、成牛の慢性的な下痢は、ヨーネ病の恐れとともに慢性貧血症をかかえている乙女と同様に生産性が消失する一方である。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。