後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載24
カギとカギ穴の関係 免疫細胞は異物ごとの特性記憶 過搾乳などで乳頭口損傷 ケラチンの消滅に注意
京都で鳥インフルエンザが発生した時、防疫作業に従事した人の血液から鳥インフルエンザの抗体が検出された。
抗体があっても発病したり伝染させるわけではない。感染の有無を抗原抗体反応で診断するのである。これらの「免疫」反応を理解するために乳房炎などを柱にまとめてみる。
人をはじめとする動物は、自分の生命維持を脅かす細菌、ウイルス、寄生虫などの感染病原体から自らを守る特有の自己防衛機能を生体内に所有している。
また、臓器移植や棘など自己とは異なる異物が体内に侵入してくると、これらを排除・防御する反応が発生する。
生体への異物侵入に対してまず「解剖学的防御機能」として「皮膚や粘膜」が作動開始する。乳頭は発生学的には皮膚が進化したもの。乳頭や皮膚での防御機能が突破されると、異物は生体内に進入し、「生理学的防御機能」が作動を開始し、免疫細胞が活性化される。
免疫細胞はそれぞれの異物に対応するメカニズムで異物排除行動を開始するとともに、異物ごとの特性を記憶する。この記憶はカギとカギ穴の関係で説明される抗原抗体反応のカギ「型」であり、再度同じ細菌が進入してきた場合は直ちにカギを作る。カギはカギ穴に食い込んで細菌を殺し排除するようになる。これを免疫反応という。
乳房炎は3語で示されているが、おびただしい原因菌が関与し、それぞれに対応するカギが免疫として生成されても次回侵入する菌と殆ど一致しないので免疫力が発現されにくい。したがって、免疫力を高める予防ワクチンが実用化されにくい。
皮膚表面にある殺菌力を有する脂肪酸が有害物質を排除するように、乳頭口には殺菌力を持つケラチンが細菌の侵入を阻止している。
しかし、過搾乳や乳房炎軟膏注入ノズルによって乳頭口が損傷されるとケラチンが駆逐される。そして無防備になると細菌は容易に乳腺組織へ侵入する。 聞き慣れている免疫には、自然免疫と獲得免疫がある。自然免疫は蚊に刺されると皮膚が赤く腫れ、痛み、かゆみが出るのみで化膿巣が生じる前に典型的な発赤、膨張、疼痛の三大要因を持つ「炎症」が生じ、やがて消失する。
この炎症による生体防御反応、すなわち自然免疫が効なく悪化すると獲得免疫が動員される。
炎症反応で誘導された免疫細胞のうち、好中球(ミクロファージ)とマクロファージが炎症局所へ動員され、感染部位で感染細菌を食菌作用で破壊する。
酪農家の悩みである乳中体細胞数の増加は、好中球によって引き起こされ、乳房の炎症である乳房炎の象徴として炎症の軽重を数字で物語っている。
特に局所における好中球(ミクロファージ)は化膿菌を好食するので、肉眼的には炎症が感知される以前に好中球の増加数によって細菌感染の可能性を知ることができる。
獲得免疫はそれぞれの病原体、すなわち抗原に対応してそれぞれのカギの役目を果たす抗体を生産し、抗原抗体反応によって生体防御効果を発揮する。
抗体産生担当はリンパ球の中から分化して抗原に対応した抗体を生成するようになる。この抗体がいわゆる免疫となって抗原・病原体を排除する。
リンパ球には骨髄(骨=Bone)から形成されるBリンパ球があり、マクロファージの応援によって抗体を生成する。
一方、胸骨の後側にある胸腺(Thymus)から形成されるTリンパ球は抗体を生成しないが、Tリンパ球(これも体細胞である)自身によって抗原異物を破壊する。
Bリンパ球は免疫グロブリン抗体を生成し、血中に循環させるから体液性免疫、Tリンパ球は細胞免疫とそれぞれ称し、お互いに特異的に性質を変えて相互に生体防御力を高めている。
ちなみに、BSE対策で牛体から脳、脊髄などの神経系とともに腸管の一部が危険部位として廃棄されているが、この腸管部にパイエル板と称するリンパ節があり、経口感染源をここで阻止する関所である免疫器官があるので、関所で食い止められた異物ごと除去して食品の安全性を高めている。
マクロファージは自然免疫、細胞免疫に属していて獲得免疫のB、Tリンパ球を助けて活性化を促進する免疫細胞である。初乳、慢性乳房炎、治癒段階にある乳房炎に大部分を占めている特大の食菌細胞で顕微鏡下で細胞内に細菌や濃球など体内の異物を多量に捕食したものが観察される。
さらにリンパ球などの免疫反応を活性化させる作用を持っていて、血液、肺胞、腹腔、乳腺胞内などを自由に活動する遊走マクロファージと組織内に留まって守備を専門とする固定マクロファージが活躍している。
一方、細胞の大きさがマクロファージの10分の1以下と小柄なため、ミクロファージとも称される好中球がともに食菌作用を発揮し、感染初期の自然免疫反応として発症する炎症の刺激に即応。局所に両者が遊走動員されて細菌などの異物を排除する。
体液免疫である血液中の抗体・免疫グロブリンは胎盤を通過できず母体内の胎児に免疫を与えることが出来ない。そのため、分娩直後に初乳を経口投与することにより腸から子牛に免疫力が獲得される。
また、分娩前後の母体や病牛は好中球やマクロファージの活力の低下が認められ、その結果免疫細胞全般への活性化が低下して母体の免疫力が低下するが、この免疫力・坑病性も個体差が大きく、その原因は遺伝的要因も考えられる。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。