後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載20
乳房炎の消炎対策 前搾りで乳頭温をチェック 頻回搾乳で回復を促進 炎症産物・異常乳放出
乳房炎の治療イコール乳房炎軟膏へと直結する人が多い。私もいまだ、この軟膏療法が頭から離れない。
つい最近までは乳房炎の治療といえば、乳房に塗布する冷罨法(れいあんぽう)剤を酪農家が自ら手作りして塗布し、私が往診する頃は塗布した罨法剤が「ガサガサ」に乳房の熱で干上がっていたものだ。
さらに、時代を遡ると、乳房炎軟膏は高嶺の花の存在で、やっと手に入れたアメリカ製の試供品の輸入軟膏を試験的に注入していた。
能書きどおりに48時間は薬効を乳房内で持続させるため、搾乳中止で経過観察。当時の酪農家は乳房炎が発症すると患牛が疼痛のあまり足をあげて搾乳拒否するので、診療のついでに獣医師が搾乳までさせられたものだ。
それに、48時間は搾らなくて治療できるというし、また、1本の軟膏を少量ずつ注入することでコストダウンした。
高価な乳房炎軟膏の使用は、共済診療点数の不足という事態を招き、その不足分は畜主に請求することになる。それでは精神衛生上も穏やかではなくなっていったこともあり、診療費は軟膏代金のみで、獣医師の技術収入など考えられなかった。
月2回送られてくるアメリカの酪農雑誌にも毎月乳房炎に関する記事が載っている。その中には「乳房炎は金食い虫だ」と書いてある。その他にも「軟膏注入ノズルは3㍉が良い」といった注意事項や「自宅で抗生物質残留チェックキットを使え」「乾乳時は全頭全房に軟膏を注入せよ」など。雑誌社は製薬会社の広告塔だから止むを得ないだろうが、軟膏そのものの批判記事は見当たらない。
一方、欧州方面は、特にノルウェーを代表とするスカンジナビア半島のデンマークなど地味な家族経営酪農地帯では、酪農協・獣医師・保健所の3者が政府のバックアップで抗生物質(軟膏)の「ヒト」への害を防止するため、軟膏を注入せずに治療し、「食品の安全」に関する公衆衛生を優先する「ヒト」を主人公に、家畜に使用する薬物を抑制することを国全体で推進している。
10年前のデンマークでは、史上最高級の抗生物質といわれている「バンコマイシン」の使用量が実に「ヒト」の864倍も家畜に使用されていた。
それによりバンコマイシン耐性腸球菌が日本にも輸入肉を通じて侵入し、院内感染の犠牲者が発生するという悲劇があった。現在デンマークが国をあげて薬物を抑制しているのはその悲劇が背景にある。
乳房炎治療・診療の現状を酪農家も獣医師も再検討すべきだろう。人の医療も「3分診療・薬漬け」と批判されている。酪農家の稟告「乳房炎軟膏をくれ!」というだけで軟膏を手渡し、乳房の触診すらやらないか、放し飼い状態で保定もできないから省略する。
病性の判定も治療行為も畜主任せになる。患畜に接触できるのは、瀕死の状態で廃用診断をさせられる時だけだ。せめて体温と乳量(分房ごと)だけでも数字で確認できれば第六感に頼らない客観的診断が可能だが・・・ところで体温計はありますか?
診療所も整備されて細菌の種類や感受性検査も日常的に実施されているが、畜主の細菌学的知識・研修が北欧のように義務付けられて積極的な行動がない限り乳房炎治療の現状打破はおぼつかない。
診療指針通りに軟膏を3本給付されると朝昼晩に注入。または、1本だけ使用して次回用に残しておく。これらは軟膏使用後に残留期間中の廃棄乳を減らして出荷乳・収入を減らさない作戦だが、益々慢性・耐性菌を持つ乳房炎を潜在化させて損害は拡大している。
☆乳房炎の消炎対策は「灌水」を「頻回搾乳」が原点
乳房炎は炎症疾患であり、この炎症を抑える「消炎」こそ治療の第一歩である。軟膏を注入するのは楽であるし、「薬」を使ったという安心感は得られる。
しかし、アメリカの指導でも注入までの儀式・マニュアルが細かく定められ、注入時の乳頭穴ケチランの保護も求めている。
ところが、手間がかかる乳房灌水などは耳にしないが、イスラエルのキブツではパーラーから患牛を別枠に誘導し、待機中の灌水係が冷水シャワーを放水。重症牛には膣内にも灌水する。患牛は心地良さそうに灌水されて、その最中に飲水も促し、補液も兼ねていた。もちろん、患牛感知はティートカップ内の乳房炎センサーが作動していた。
わが国では、前搾り時に手袋の上から感じとれる乳頭温から乳房の炎症・熱感が感知されるし、前搾り開始時の後肢の微妙な動きからも炎症性疼痛が発見できる。
この辺の固体ごとの分房差を熟知して異常を発見できるように専従者が同じ牛を搾乳する。近頃は記録・記帳・トレーサビリティの時代であり、複数の担当者間の乳房炎発生割合を比較することも乳房炎減少策の柱である。
あらかじめビニールホースで灌水場を設置し、放水が尿溜めを満杯にしないようにすべきであろう。灌水も体温・乳房温(触診で4分房を比較する)を観察し、1~2時間後には必ず搾乳することである。
炎症を可能な限り早めに修復・回復させるために、乳腺組織内の大小の乳管内に貯乳している炎症産物・異常乳を搾乳によって体外に排除せねばならない。炎症産物は「膿うみ」となって目に見えるとは限らず、食菌作用を持つ好中白血球、これと死闘した細菌、細菌の崩壊で放出されたエンドトキシン毒素などは異常乳に混入され、乳房内から排除されなければ乳腺の血行に逆吸収され、全身を循環し、毒血症へと悪化する。
頻回搾乳によって毒素等が体外に排除されると乳房内圧が下がり、乳腺の負担も減少する、すると、難を免れた健康な乳腺から乳汁が分泌され、活性白血球も遊出して残存細菌を駆除し、頻回搾乳で乳房の回復が促進される。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。