後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載82
胎児と子牛の便を学ぼう 出産後、ミネラルが急変 乾物15%以下の便に要注意
糞便を語るとき、作今先進国のテレビ局では女性の便秘薬がコマーシャルの収入源になっているが、その彼女らも一旦海外に出かけると下痢の洗礼を受け、旅行どころの騒ぎではなかった経験をする。
便秘と下痢はプラスとマイナスの関係。身近すぎて容易に切り離されるものではない。発展途上国の生活環境がもたらすギャップや、畜産が関係する子豚や子牛の下痢は、筆者が学生時代から半世紀に及ぶ獣医家業を通しても、いまだに主役を占め、さらに人畜ともに致死率の高い生活病である。
様々な理由で忌み嫌われきた糞ではあるが、多くの人が「大便は食べ物が消化しきれなかった粕や残滓である」という先入観が定着している。
酪農家は大食いの草食動物が排泄する多量の粕(糞尿)を相手に苦労しているが、人糞を構成する成分で、食べ物の残滓は5%に過ぎず、水分が60~80%と大半を占める。次に多いのが腸壁細胞の死骸で15%。腸管の細胞は最も消耗が激しく、2日で新しい細胞に入れ替わって活動している。
また、大腸菌を始めとする腸内細菌の死骸は便1㌘中に約1兆個も含まれ、細菌類の死骸(10%)が食べ物の残滓より多く含まれている。
なお、人畜とも糞は体内で酵素や細菌の働きによる変化を受けて、先端科学の宇宙船内の生命維持機構にも象徴されるが如く、次号で述べる微生物の様々な実用化が進んでいる。
胎便の由来
身近すぎる糞尿も、愛児の誕生が今では産院となり、胎便や病人の絶食中の宿便に遭遇する機会がなくなった。
胎児は食物を一切口にしないため、胎便には糞便特有に食物の残滓が存在しないはずである。そのため、糞便は黄金色であるという感覚があり、全く異様な黒光りの軟固形物が排泄されると戸惑いを覚えるようだ。
ちまにに、胎便とは胎子の排泄物で、出生1~2日後に新生子が排出する便のこと。母体に在胎中の胎子が子宮内で発育中に飲み込んだ羊水中の水分、糖質、電解質および胎子体内で生成された尿素などは小腸で吸収される。細胞片、皮脂様物、腸管の脱落上皮細胞や胆汁色素などは吸収されずに大腸に蓄積され、暗褐色ないし胆汁成分ビリルビン(赤褐色)ビリベルジン(青緑色)の黒緑色の粘稠な胎便となる。
無菌的な子宮内で生成される胎便は無菌的で悪臭がない。これは難産時に子宮内で胎便が排泄され、出産子牛の体表が黄染されても細菌感染が直接的に発生しないことからも理解できよう。
胎便成分
胎便のデータは殆ど目にする機会がないのだが、幸い家畜生理学の久米新一博士らが54頭の出生時の子牛を追跡した研究報告があったので引用する。それによると、出生時子牛の体温は38.8度、6日齢で39.0度へと上昇した。胎便、すなわち出生時初回便の乾物量は32%(水分68%)から6日齢の便で27%(水分73%)となった。水分が5%増加した分だけ胎便より柔らかいが、肉食獣や人間並みの固めの便だ。
胎便の乾物成分はCP粗タンパク質が47%と最も高く、ついで脂肪の16%。6日齢の便では、さらにCPが65%へと増加し、体温上昇とともに新生子牛の体内代謝が活発化したことを認め、初乳からのタンパク質摂取量が多いことも示している。脂肪は11%へと逆に減少し、出生時NDF・繊維分3%が6日齢で4%。ともに非常に少ないことも特徴的である。
また、ミネラルを見ると、ナトリウムは出生時に100㌘当たり910㍉㌘と高いが、6日齢で632㍉㌘へ減少。一方、カルシウムは288㍉㌘が607㍉㌘、リンは52㍉㌘が300㍉㌘、カリウムは142㍉㌘が436㍉㌘へとそれぞれ増加。出生時には低く、胎児体内からの排泄が抑制されていたが、初乳哺乳後の6日齢には排泄が増大していた。
血液成分
子牛の血中へマトクリット(貧血)値は、出生時に36%だったものが6日齢で32%に低下していた。これは胎児が羊水中で母体内血流からの鰓呼吸から出生後の肺呼吸、および栄養補給も臍の緒・血流から初乳摂取へと急変。切り替えによる造血機能の低下がうかがわれる。
一方、血將総タンパク質は1d?当たり4.7㌘から6.1㌘へ上昇。初乳摂取による免疫グロブリンタンパク質の移行効果が認められた。
生糞中の乾物固形分と下痢便水分
先月も糞中水分に注目したが、糞中乾物量DMを下痢の指標として、20%以上(水分80%未満)を正常便、それ以下を軟便(水分80%以上)、さらに15%以下(水分85%以上)を下痢症状と区分して哺乳初期(6日齢)を検討している。
出生直後の胎便は乾物量が15%以下で下痢症状の牛はなく、全頭が正常便であった。6日齢で2頭(4%)が糞中乾物量15%以下の下痢症状となり、さらに10頭が乾物20%以下の軟便牛となった。
ここで注目すべきは、6日齢の糞便成分のミネラルと糞中乾物量・固形物の関係が明らかな負の相関であったことだ。これは、糞中に排泄されたナトリウム、カリウム、マグネシウム、リン等のミネラルが多いほど糞の固形物が少ない下痢便であったことを意味する。
下痢・水様便は正常便の6~30倍の水分=体液を生糞で排泄し、子牛は脱水のみならず、大量出血と同等のショック死を招く。健康時の体重の記録が不備で体液喪失量が把握できぬ場合は、眼窩のくぼみ所見などで電解液の投与を先行すべきである。
なお、血糖値は糞中乾物と正の関係にあり、子牛が下痢状態になると血糖は低下し、エネルギー不足で低血糖による虚脱・起立不能となる。
また、カロチン濃度が低い子牛は軟便・下痢便となり、ビタミンA不足が下痢発生に関与していることも確認された。
この研究報告のまとめとして、子牛が下痢になると補液療法として生理食塩水やブドウ糖液が投与されるが、ミネラル電解液や脂溶性ビタミンの補給を軽症時から小まめな経口投与を怠ってはならない。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。