後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載9
搾乳は基本を忠実に 前搾りで乳量増加 乳頭障害の防止策 毛刈、年2回の削蹄
ハッピーニューイヤー。まさに戦争のない幸せな新年を。
毎年、喜ばしいことに酪農家に嫁・婿入りした非農家出身の鯉淵学園卒業生から、彼らの子供たちの写真付き年賀状が届き、その数は年々増えている。もちろん家業の酪農を引き継ぎ、また、酪農ヘルパーとして活躍している諸君からも届く。
彼らの牧場を思い浮かべ、両親を温泉に送り出したか、若夫婦・子供ともども遊園地に出かけたかなど、返礼を兼ねて旧正月向けの年賀状を出すことも多い。
年賀状やメールのやり取りの中で、今現在の日本酪農を支えている彼らが生き甲斐を強く感じるのは「乳がたくさん搾れた」時だという。
それに対し、半世紀前は「雌子牛の誕生」であった。しばしばニ重箱にびっしり詰まった「ぼたもち」を頂戴し、事務所全員で祝ったものだった。
また、酒好きも搾乳衣に着替え、搾乳用長靴を履いた途端に酔いは覚め「さあ、乳をたくさん搾るぞ!」と気合が入るという。ヘルパー達が担当した牧場の乳量がオーナー達の成績を上回った時には「俺はプロだ」という充実感から快眠できて、翌早朝の勤務も快調だという。
搾乳には野菜作りと違い、毎回「乳量」という実数が提示される厳しさがある。体調が悪い時の搾乳は牛が敏感に反応し、この余波は数日間にわたり悪影響を及ぼす。
基本を忠実に
特に、「前搾り」こそ一番気合を入れて実施しなければ乳はたくさん搾れない。前搾りで毎日千円以上損していると抗議されたことがあったが、この牧場は乳房炎が多発し、日を追って「乳が出ない」牧場となった。基本に忠実な婿殿の登場が待たれる。
私は酪農研修会がある際、ビデオカメラを持ち込み、当日朝の搾乳現場を抜き打ちで撮影する。多くの場合、主演俳優の顔はカットせざるを得ない。なぜなら、プライバシーを守るというより、牛舎が暗くて旧式のビデオカメラでは写らないからだ。
会場で乳房周辺をアップにしてようやく上映すると、搾乳手順がおかしい。「何やってるんだ!」と厳しい批判が続出する。多くの場合、批判しているのが主演俳優本人なのだ。
つまり、承知している搾乳基本操作が、いざ現場では半端であるか無視されてしまい、さらに悪いことに本人は自覚できずに日常的に流されていることである。
そして、前搾りも牛床に一発だけ。牛床が汚れるからとそれだけで済ます。乳頭消毒・清拭も手前の乳頭から始めて奥へ移る。仕上げた手前の乳頭を汚れた作業衣の袖でわざわざ汚してしまう。
特に、乳頭口周辺は暗くて見えず、さらに拭き取りにくいので、省略して終らせてしまう。
最近のビデオカメラは簡便で写りも良いから搾乳状況を撮影し、子供たちを含め家族全員で自家産牛乳ヨーグルトを飲みながら上映会を催して欲しい。そうすることで、後継者の教育となるとともに、乳量・乳質が向上し、酪農家の「牛乳ぎらい」も解消され、健康家族が誕生することになる。
質疑に応えて
牛群検定用サンプル採乳での搾乳現場は、診療時と違った質疑が出てくる。
例えば、4分房の泌乳量が不揃いで、搾乳途中で泌乳停止分房のカップを外しながら搾乳を続けていた。これをさらに繰り返していると、また一本出なくなる。
この例は熟年者に多く、器用にカップを外して最後の一本まで搾り続けている。中には、一旦ミルカーを離脱して、すでに搾乳中の2~3頭の搾乳を終了させて、再び残乳を搾るために再度搾乳を繰り返す人もいた。
かつて4分房が同時に搾乳が終了するように「前後変率パルセーター」が使用されたが、これは前と後ろの分房が4対6位の泌乳量に差があったからだ。
乳房の改良が進んだ現在は前後差もなく、さらに時間当たりの搾乳量も向上し、搾乳途中でカップを外す方が搾乳続行中の乳頭口を真空圧の変動が直撃して損害を与える。
初乳搾乳開始時から搾乳は5分以内で4本とも同時に離脱するならば、過搾乳の障害も生じないで乾乳まで快調に搾乳できる。
しかし、現実にはすでに盲乳や、自らの蹄で踏みつけ乳頭損傷を生じた場合はあらかじめ該当するカップにプラグ栓を装着して完全に空気を遮断して搾乳する。プラグを付けず、カップを折り曲げての搾乳は空気漏れの危険性がある。乳頭障害を図示したが、年2回の削蹄でほとんどが予防できるようなので、削蹄も搾乳の基本だ。
搾乳終了時のクローの取扱い
4本同時にカップを離脱するには、必ずクローバルブを閉じて真空圧を遮断すると、2~3秒以内で4本のカップが自然に落下する。この自動落下時に4本のカップを抱え込んで受け取ること。
自動離脱装置はタイミングよく効果的に行うが、早めに作動するように日頃から調節しなければ過搾乳の恐れが生じる。
さらに、離脱後のクロー本体の取扱いは、パーラーではアームが行うが、パイプラインはホースカップ・クローを弁慶の7つ道具並に肩に掛け、両手で運搬する。
運搬時のクローの位置はどうなっているだろうか?肩に乗せられたクローから牛乳が流出し、ライナーゴム内を濡らす。作業衣まで汚してしまう。
ティートカップの消毒液へのドブ漬けを中止して、ライナーゴムの乾燥を優先し、清拭も乾燥乳頭に重点を置いたはずだが、クローの取扱中にライナーゴムが牛乳で汚染されては台無しだ。
クローは搾乳時の上下方向を保持して移動させる。また、クロー内残乳をわざわざバルブを開閉してパイプラインに送乳する人がいるが、真空圧を撹乱し、乳頭損傷を誘発させる。
ライナーゴムのマーク
ライナーの上下に▼マークが刻まれている。これはカップ内でのライナーのネジレ具合を監視するマークである。カップ装着後、上下のマークが直線上にあるように搾乳中も監視する。
また、ショートパルスチューブの4本がクローとの位置で向きを整え、長すぎるホースはブランコ状にミルカー本体まで揺さぶり、ネジレが助長され乳頭を刺激して泌乳障害となるので短く保定する。 標本棚に切断された乳頭がある。この乳頭の持ち主であった牛は、搾乳期間中、1日あたりの泌乳量は50㌔もあった。しかし、乾乳直前の削蹄、産前産後のブラジャー着用が実行されず、牛自らが踏み切ってしまった。繋部に麻紐を巻くとこれが予防できるそうだ。
また、尾房が届く範囲の後躯・乳房は汚物がヨロイ化するばかりか細菌汚染も甚だしい。毛刈で防止に努めるが、私は除角同様、断尾を実行して成果をあげている。もちろん毛刈・削蹄は搾乳の基本だ。
☆「搾乳」は消費者も安全・安心が納得できること
搾乳衛生チェック項目
搾乳前・・・ 搾乳台帳で抗生物質・乳頭異常確認(初出荷直前乳は必ず検査OKのこと)
搾乳専用衣・長靴・消毒手袋着用(手洗い、消毒励行)
前搾りを正確にカップに授乳し、検診(異常発見の際は別搾乳、頻回搾乳)
プレディッピング30秒・乳頭消毒・清拭・乾燥30秒「時間搾乳」
同一担当者が前搾りから90秒でミルカー装着(泌乳生理に合致)「時間搾乳」
搾乳中・・・ 搾乳以外の仕事厳禁(給餌・清掃・タバコ)・・・異常風味乳防止など
1人2台のミルカー集中管理、5分以内に搾乳完了
ライナースリップ・クリーピングアップ・(ずり上がり)・マシンストリッピング防止(後搾り)
搾乳後・・・ 過搾乳厳禁・クローバルブ閉鎖・自動離脱・クロー上下位置保持
直ちにポストディッピング、尾房保定、30分以上起立
搾乳環境チェック
・牛舎内外の清掃、花・樹木を植える(悪臭源排除)。
・ウォーターカップ漏水なく、牛床を乾燥。照明アップで乳頭口確認OK。
・クモの巣・蚊・蠅を発生させない。換気して冬期も舎内乾燥。
・乳房・後躯の毛刈、汚れなし(断尾のすすめ)
・削蹄は年2回。乳頭の損傷防止策を。
・搾乳牛と乾乳・育成・哺乳・病牛は分離舎で。
・初乳専用・病牛専用バケットミルカー点検整備OK。
・搾乳台帳の記録(乳量・病歴・乳頭性状など)。
・牛群検定加入でデーター分析、対策実行で乳量アップ。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。