後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載15
前搾りチェックを厳重に 乳房炎廃用は年2万頭 日頃の管理と乳質検査で 「見えない」乳房炎を予知
体細胞の元凶は乳房炎
体細胞を減少させるために初乳は一発搾りきり、前搾乳励行検乳、乳頭消毒乾燥、過搾後搾り厳禁など、細菌対策とは異なった方向で搾乳管理衛生をまとめてきた。
さらにまた、高体細胞の元凶は古くから見なれた乳房炎であることは十分承知されていて、この臨床型乳房炎はブツや膿乳を排出し、「病乳」として廃棄され、罹患分房は治療されてきた。
しかし、すでに40年以上前から見えない潜在性乳房炎が世界的に注目されながら、いまだ実態調査結果からも乳房炎罹患牛のうち、見えない潜在性乳房炎による要因が8割以上を占めている。
中には、搾乳牛の過半数が潜在性乳房炎で、分房別の検査で4分房全房が罹患していた例もある。潜在しているから乳房炎検査を実施しなければ発見できないため、通常の搾乳管理では見逃して出荷され、高体細胞乳をして警告されることになる。
毎月3回実施される出荷乳の乳質検査項目の中で、最も測定数値の変動が激しいのは体細胞であるが、毎回20万を越えずに好調で経過していたはずが、突如30万を越えたと通告された場合、原因は「あの牛かも」と心当たりが浮かぶか。
「全く信じられない!」と直ちにPLテスターや電気伝導度計で全分房の乳房炎検査をやみくもに開始するだろうか。多くの人が忙しいからと乳房炎検査を引き伸ばし、次回の定時乳質検査でさらに50万の警告を受けてしまい、悩みを大きくする人の方が多い。
仮に50頭前後搾乳している牧場では毎日約1㌧の乳を出荷している。体細胞が20万だとすると、このバルク乳1㌧の総体細胞数は2千億個存在することになる。
ところが、次回検査で30万を越える事態が発生したならば、バルク乳1㌧の総体細胞数は3千億個を越え、前回検査後から1千億個の体細胞が混入されたことになる。
もし、1mlあたり1千万個の乳房炎が発生したとする。その乳房炎乳量が10㌔ならば総体細胞数が1千億個に相当する。朝夕2回搾乳ならば、わずか5㌔の乳房炎乳を見逃し、混入したことによって優に30万の大台を突破する悲劇が発生する。
潜在性乳房炎は体細胞が先行して増加するが、「ブツ」などが見える状態ではない。通常の搾乳管理でこの見えない乳房炎を経験的に予知する。
すなわち、心当たりを探し出すには、日常的に同一牛同一人物による前搾りで乳頭の感触や射乳具合と前搾り受乳カップを兼ねた電導度計に分房ごとに検乳して乳房炎チェックをする。
電気伝導度は体細胞に先行して電解成分が滲出するから乳房炎発見が早い。
また、朝夕の搾乳量を記録してグラフ分析する。これらは見えない潜在性乳房炎を体感と数字で見える形にして診断されるから発見が容易だ。この習慣があれば体細胞で警告を受けてもせいぜい数頭程度の「心当たり牛」をまず診断することで、元凶となった患分房を発見処置できる。
朝日新聞に年1回の健康診断で血糖値が高いと警告されても糖尿病予備軍たちは自覚症状がなく、生活も改善されることなく次年度には糖尿病と宣告される人が多い。
この予備軍たちに毎週血糖値を自己検査させると自ら栄養管理や生活環境を改善し、見事な予防効果が現れたという。
このように、検査成績の通告のみでは対策行動に移ることなく重症化を招くので、特に前搾りチェックを。ロボット搾乳では各分房ごとに乳温、電導度・乳量を測定し比較分析して乳房炎を廃棄しているように、同一人物が日常的に実施して比較分析するシステム化が必要だ。
乳房炎発生状況
農水省の家畜共済疾病発生状況集計によると、毎年2万頭、ほぼ1県分の搾乳牛が乳房炎で廃牛になっている。全国で飼養されている乳牛約170万頭のうち、その大半を占める約160万頭が家畜共済に加入しているが、このうち、7・5%にあたる12万頭が死亡・廃用となる。そのうち乳房炎で毎年2万頭近く、ほぼ1県分の搾乳牛が乳房炎で廃牛となり、姿を消している。
乳房炎が乳牛本来の泌乳能力を喪失させ、乳牛としての価値を失えば廃用にするしかない。
さらに、疾病の発生で診療受診した乳牛は加入牛の9割に達し、25%、つまり4頭に1頭が乳房炎で受診。疾病発生の第1位である。
これに密着して繁殖障害が続き、乳牛特有の生産病が過半数を占めている。家畜共済の集計を50頭搾乳している牧場に当てはめると、毎年4頭が死廃牛となり、そのうち1頭弱が乳房炎である。
また、45頭が病牛となり、これは毎月4頭が発病し、毎月1頭は乳房炎で治療を受けていることになる。
先にバルク乳が突如30万を越えた場合の総体細胞数を計算して潜在性乳房炎牛が1~2頭発生したと算出した。家畜共済の診療データーからも1頭が乳房炎発生したと示しており、試算例を裏付けしている。
別表のように、全死廃牛に占める乳房炎による死廃用牛率は、40~50年前の手搾り時代で5%、泌乳量は現在の半分であった。その後、ミルカー導入とともに泌乳量は5割増しとなった。
ところが、1974年は死廃用牛率17・8%と最悪値を記録した。当時はBHCペニシリン牛乳問題から乳房炎対策が急務となり、ミルカー整備やデイッピングなどが推進され、その成果測定に必要な体細胞測定が迅速に行われるようになった。
その結果、現在は泌乳量が1万㌔の大台に達するまで能力が高まりながら乳房炎の死廃率が最悪値から2割減の15%レベルを保持している。
これは現在実施されている前搾りチェックやデイッピングなどの乳房炎対策が効を奏していると評価できるし、さらにシステム化によって一層の成果が期待される。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。