後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載7
ストリッピングは必須科目 前搾りの適量は30~200ml 初心に帰り手搾りで 乳房炎の発見も
ストリッピング、すなわち「前搾り捨て乳をストリップカップに受乳」する。これはロボット搾乳時代を迎えても「搾乳」の原点である。
貴方はストリップカップを用いたストリッピングで、乳の出具合(射乳・乳頭の傷)、乳の性状(光沢・水っぽい)、早期乳房炎(乳頭の温度・ブツ)など異常の発見に努めていますか?残念ながらストリッピングなどやらずともバルク乳に混入してしまえば細菌数には影響しない、忙しい搾乳作業には面倒だと、やらない人が居るので心配だ。
ニュージーランドの研究報告ではストリッピングを確実に行うことで乳房炎感染を7割も予防できるとされている。
この研究方法は、先ず70頭の牛毎にストリッピングを左2分房はやるが、右2分房はやらずに搾乳して、2週間毎にやる方とやら無い分房を反転させ3回繰り返して行った。
次に3群、計336頭で2カ月毎に反転試験を行った結果、予防効果が明らかにされた。
さすが酪農国の研究はスケールが大きく、且つ酪農家への説得力と実用的研究が多い。
ロボット搾乳は機械が規定通りにストリッピングを行って、その捨て乳をセンサーで電気伝導度・温度を一つ一つ確実にチェックして、異常ありは別容器に分別搾取されている。皆さんのミルカー搾乳では、センサーの役割をいつ何処で行っているのだろうか?
オランダのロボット搾乳酪農家は、ミルカー搾乳の時は一つ一つの乳頭と会話ができて「今日は気持ち良く乳を下ろしてくれそうだネ」と人と牛の交流ができて搾乳に生き甲斐を持っていたが、ロボット搾乳になってからは味気ないという。
ミルキング(搾乳)はミルクの王様、人と牛の共同作業であるミルキングのスタートが「前搾り」であり、生き甲斐・ロマンを味あわせてくれるストリッピングこそミルキングの必須科目である。
*「手搾り」搾乳ができますか?
今更「手搾り?」などと思われるだろうが、牛乳祭や牧場体験等のイベントの目玉は「乳搾り実演」がダントツだ。
酪農家の皆さんも初心に帰って手搾りを思い出して欲しい。生まれて初めて自分の手が牛の乳頭に触れた瞬間が思い出されるはずだ。
触れた乳頭のぬくもり(温感)、次いで握り締めたはずの乳頭からは「乳」が出ないばかりか、母牛が足で蹴るしぐさをする。「親指と人差し指に力を入れて締め付けろ」と周りからの声援を受け、数回繰り返してようやく糸状に白い乳が流出、「出た!」と歓声を上げる。片方の手に乳を受けて「暖かい牛乳」を実感し心が癒されたはずだ。
ミルカーもなく手搾りの時代は自らの手指で全乳頭から乳を、まさに搾取(近年まで搾取が公用語だった)していた。
両手で握った2本の乳頭その内洞の乳頭槽へ乳頭基部輪状部を通過して乳腺槽から乳汁が勢い良く下ろされてくるのを指掌で感じ取って搾取していた。
特に初産牛の初搾りの場合は「乳っこ屋」と呼ばれる「手搾り」を商売にしたプロ、(産婦の「乳もみ」の役に相当)の熟練者が巡回し、初搾りを馴れた手指で搾乳実演をしていた。
その「乳っこ屋」は手搾りの指導も行い、その方法は両手の親指と人差し指を輪にした上に水を注いだ酒盃を載せて5本の指をリズミカルに動かすが、盃の水はこぼさないで、安定した搾乳法を指南していた。
親指と人差し指の輪の締め付けが乳頭に水平に当てないと、乳頭槽内の乳汁が乳頭口から搾取されるはずだったが、逆流して乳頭基部輪状部を上に突破して乳腺槽に戻ってしまう。
また、乳頭を締め付ける力が強くやたらと乳頭を引っ張り下げるだけになると、乳の搾取もできず、母牛は苦痛のあまり足をあげ乳を下ろすことも中断してしまう。
この現象はミルカー搾乳でライナーの口径が乳頭径より大きすぎてティートカップがずり上がり、乳頭基部輪状部を締め付けて乳頭槽内を空搾りし、乳頭口を傷つけ糜爛(びらん)を発生させることに似ている。
現在は改良されたミルカーの普及でクローの上に重石を載せてずり上がりを防ぐこともなくなったが、悪習となったミルカーのつけっぱなしが多く、搾乳中に糞出しなど他の作業をして機械任せの過搾乳が横行している。
手搾りに無頓着になり乳房炎の治療には頻回搾乳で感染乳を排除し、非感染乳腺組織内の健康乳を下ろして乳腺槽内を洗浄除菌したいのだが、ブツがつかえると感染乳を逆流させたりで、効果的な頻回搾乳をやらない人が多いのが残念だ。
また、乾乳中の乳頭を「前搾り」の要領で握って乳頭槽内のブツの有無を感知して乳房炎を発見できることも習得してもらいたい。
ストリッピングは30~200mlを確実に
前搾りを2~3回で終らせるのは不十分である。1回の搾取乳量には大差があるしストリッピングの回数毎に細菌数・体細胞数・電気伝導度を測定して異常乳診断を行ってみると、30~200mlで正常値になる例が多い。
特に、乳房炎回復期の乳頭(乳房)からは1カ月近くは200ml位ストリッピングするとその後からは正常乳が搾乳されるようだ。
搾乳現場ではストリッピング毎に細菌数を即座に測定できないが、体細胞数は別々にシャーレーに受乳してPLテスターで判定できる。
最も実用的、且つ簡便な診断は電気伝導度計の受け皿にストリッピングを受乳しながら測定する方法で、刻々と正常値・正常乳で搾乳されることが確かめられる。
乳頭・乳房の解剖学
哺乳動物には哺乳用の乳頭があるが動物の種類によって、乳頭数・乳頭配列場所・乳頭口数が定まっている。
ちなみに乳頭口数は牛1個、馬2個、人多数である。
牛の乳頭は反転型で偽乳頭といわれ、人の乳頭(首)を外から乳房内へ押し込んでへこんだ窪みを皮膚が袋状に囲み乳腺槽(容量約400ml)となり、更に先端が筒状になって内洞に乳頭槽(容量約30~40ml)を含む為乳頭が形成されている。
したがって、乳腺槽の奥には人の乳首と同じ真乳頭が有って8~12個の乳管が開口し、その深部に連なる乳腺組織群内で四六時中乳汁が生成され、この乳汁が乳腺胞・乳管を通って乳腺槽に貯乳される。
子育て哺乳に必要以上の乳汁生成を続けミルクタンクの名にふさわしい乳腺槽に貯乳し、人によって搾乳されるのを待っているわけだ。もし搾乳されなければ乾乳時と同じように乳汁の貯乳圧=乳房内圧の上昇によって泌乳が停止する。
逆に搾乳回数を増やすと搾乳量が増えるので4回搾乳も耳にしている。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。