後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載3
FANによる牛舎内環境 牛にとっての「涼しさは」 温湿度計で適正管理 湿度下げて乳量増
SARS新型肺炎対策で、ある国では全家庭に体温計が配布されたそうだ。自分の体温を測る習慣がなかったらしい。
他岸の話だとは云い切れないのがわが酪農界の現状と思う。なぜならば、牛舎の中には換気扇が所狭しと配置され、送風ダクトで吹きつけや舎内散水用噴霧装置と送風機などなど、これらがフル稼働していても、舎内外には温度計や湿度計の姿は見当たらないからだ。
ときたま御守りのように牛舎入口に体温計がぶら下がっているのを見るが、直射日光(放射熱)を浴びて水銀柱は42度の最高目盛りを突破して「パンク」しているか、新型のデジタル体温計はボタン電池がパンクしていていずれも測定不能。もちろん体温計で舎内温度を測るわけではない。パンティング(あえぎ呼吸)している牛の体温を測り40度に達している異常牛を「涼しい」牛床に繋ぎ替えたりするためだった。
ここで「涼しい」とは何だろうか。舎外の炎天下から日陰の舎内に一歩踏み込むと涼しく感じるが、気温を測る温度計の示度には差がない。直射日光は熱線を放射している。この放射熱を畜舎の軒が遮断しているから同じ温度でも涼しく感じる。しかし足を踏み込んだ畜舎内が「じめじめ湿った」状態なら、温度は同じでも湿度90%以上では不快感は更に高まる。
多額の投資はするが、FAN(ファン)のベルトの更新やバルクタンクや換気扇の温湿度センサーの点検保守はおろそかで、数千円の温湿度計などへの投資はなく、「涼しさ」の測定は全く見当はずれの「人の感」頼みだ。
この人の感は残念ながら人と牛の環境生理に差があって通用しない面が多く、防暑への投資が有効に働いていない所がある。後述するように湿度は牛に最悪環境を与えるが、人と豚は中程度で、鶏は水鳥に近縁だからかほとんど影響を受けないという実験結果が得られている。
最近は気象予報士が誕生し、天気図を示して気象情報をわかりやすく解説してくれる。しかし、天気図でおなじみの低気圧や高気圧を日常的に実感している人は少ない。
しかし、近くの山道を登って耳が遠くなったり、鼻をつまんで呼吸を止めると突然鼓膜が振動して大きな音が聞こえ、びっくりした経験は覚えがあろう。
台風時の低気圧と日常の高気圧の圧力差は7%減位だ。1,000㍍の山と地上で11%で、日頃の高低差は数%差にすぎない。にもかかわらず、西高東低の気圧配置など天気は西からくずれやすい。
このような微気圧差が畜舎内では常に発生している。その結果、気流(気道)が生じ、発煙(七輪に枯草を投じ点火など)試験で舎内の気流(微気圧)の変化を目視すると、煙が乳房周辺に停滞して動きがないときなどは、尿溝に貯留するアンモニアガス及び糞尿の水分・湿気が乳房を包囲し、これが乳量減・乳房炎の誘因だろうと理解できる。
換気扇による強制換気もFANに近接する窓や開口部から短絡した気流が生じ、送風機の送風方向の遮蔽物などで牛体や天井部分に停滞や渦巻が発生して、換気効果が発揮されていない事を「煙」が物語ってくれる。
扇風機(送風機)など古くさいものをまだ使っているのか、わが家のクーラーはドライ付きで陰イオンまで発生させて、快適そのものの生活を送っていると胸をはる都会人が増えた。
だが、都会の中学生は子供のときからクーラー生活で育てられ、汗をかけない体質となり、午後になると体温が37度台となり、発汗能力が低い牛の体温に接近し、朝夕の体温差も2度に達するなど、冷房病で悩む人が増えている。ちなみに、汗腺がない鶏の体温は42度で脈拍は200回/分だ。
パチンコに夢中になって子供を駐車中の車で熱死させた記事を見るが、近年乳牛も熱射病の犠牲が多い。牛が自由に動きまわれるフリーストール牛舎でさえ、本来休息すべき牛床に牛は入らず空床が目立つ例がある。赤ん坊をベッドに寝かせて扇風機を当て続けて死亡させたように、牛床への過送風や屋根の切れ間からの直射日光など、案外単純な落とし穴を発見するものだ。
放射熱+気温+湿度-風速=体感温度(ST)
――この式は「暑い」「涼しい」など体が感覚する度合いを数量として表示する時の基本公式である。このなかで放射熱(日射)は、畜舎や日陰樹で防げるが、夏の気温を冷房機で下げるのは無理が多い。そこで気温と湿度(注)・気温と風速の関係から体感温度を下げる方法を検討しよう。
(注)この湿度は温度計の水銀または赤色付きアルコールを封入した先端部(感温部)に布を巻き水で湿らせて湿度100%では蒸発しないから気温と同値。湿度が低いと蒸発気化熱をうばうので気温より低温となる。この温度差が大きい程湿度%も低くなる。算出にはこの湿度を用いる(以下同じ)。
人は0・75×気温+0・75×湿度+40・6を不快指数(%)で示す。人の場合、温度と湿度を同じ重みで体に感じることを示している。
搾乳牛はST=0・1×気温+0・9×湿度と湿度が9割も支配して、19(イチキュウ)温度という。
また、風速と体感温度(ST)の関係をみると、秒速1㍍の風で人のSTは1度下がる。牛はST=気温―(6~10)√風速、が実験結果であり、1㍍の風(煙がたなびく微風)でも6~10度、0・7㍍でも5~8度低く感じている。
人が1度差など感知できるかどうかの風速で、牛は(STが)10度近くも低く感じ、気温30度以上の真夏日でも乳量は下がっていない。さらに風速2㍍では14度も下がりすぎるので、夜半の気温低下時には送風量を下げて節電すべきだろう。すでに設置されているFANを効率良く利用することで舎内湿度を下げ、牛体の発汗気化熱放散によって体感温度を10度は容易に下げられ、産乳量を冬期並みに確保して、夏乳価でさらに収益を上げる例も多い。
かつて屋根や舎外にスプリングクーラーで散水し、水蒸気(湿度100%)や水滴まで舎内に散水し、牛体・牛床すべてがジトジトの海になった。発汗気化熱をねらったはずの噴霧が散水同様だったし、毛刈りをしない被毛は長く汚物で被覆され、舎内湿度は100%以上でまさに結露状態という最悪環境だった。牛1頭の発熱は1㌔㍗の電熱器を付けっぱなし状態で、発汗と呼吸で100㍑、糞尿水50㍑、合計150㍑の水分を舎内に蒸散ささている。
新鮮な乾いた外気を、発汗腺が集中するき甲・肩甲部から頭部へ、呼気蒸散も促進するよう微風を送る。加水噴霧の併用も秒単位でコントロールして、外気湿度が60%以下で舎内湿度が90%以下なら5度は下げられるから、過湿にならぬよう湿度計と相談しつつ噴霧すべきだ。湿度計の活用を。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。