後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載70
重要なる免疫グロブリン 近年の適切な抗体移行法 強制的に多めの初乳与える
初乳成分、特に免疫グロブリン
「畜産大辞典」曰く、乳中の成分は①乳腺細胞で血中前駆物質から新しく生成される②血液中の物質がそのまま乳に移行する③死滅乳腺細胞や乳脂肪分泌等に伴い放出された体細胞――に3分している。
①はカゼイン蛋白、乳糖、脂肪酸など乳特有成分②は乳清ホエー蛋白、長鎖脂肪酸、ミネラル、ビタミン③は一般成分と異なる初乳や乳房炎乳。分娩後第1回目の吸・搾乳で得られる乳汁を初乳と称し、常乳とはかなり異なる組成で、特に蛋白質含有量が多くその大半が免疫グロブリン(IgG)であると書いてある。
分娩後4、5回の吸・搾乳で乳汁組成は常乳に近づくため、食品衛生法で産後5日間は出荷禁止と規制する。半月後にはIgGも常乳の値となる。初乳の生成過程は妊娠末期から乳腺胞腔で濃縮貯蔵され、出産前搾乳を行った乳房は出産直後から常乳に近い。しかし、IgGは血液から選択的に生成されているため、単なる濃縮ではない。
母から子へ『移行抗体』
親から子へ抗体が移行する母子免疫は19世紀末に知られ、胎盤構造に子宮腔も関与。子への移行率(吸収率)が明らかにされたのは近年である。初乳中のIgGは母親の血液の10倍に達し、これを飲んだ新生子は数時間後には血中抗体価が母親と同量か、それ以上となる。
IgGは新生子の腸粘膜から変化を受けず、ストレートに吸収されてリンパ液、血液に入る。しかし、牛は初乳中の免疫IgGの吸収率が生後24時間までに全開。その後は急速に減速する。これは牛、馬、羊は新生時の胃液がPH6~7の中性域からPH3~4へ胃酸化が進み、蛋白質であるIgGは胃酸化で活性化した蛋白分解酵素ペプシンで消化分解吸収される。そのため、免疫力は消失して子の血中へ移行出来ない。
一方、乾乳中にワクチン(抗悪性大腸菌)を投与し、初乳中の免疫抗体を高めておくと、母体は悪性乳房炎を、子牛は悪性下痢の免疫が高まる。身近なビタミンAも子牛は欠乏症で生まれるが、初乳には常乳の10倍量も含有され、胎児の宿便排出も促進する。
近年までは分娩後1週間以上も母子同居で自然哺乳させてきたが、泌乳量増加で母乳を飲み過ぎて下痢を招き、ミルカ―装着にも支障が生じていた。
現在は出産直後から母子分離だ。成牛の健康経歴や初乳の比重、糖度計などで判断したIgGの多い健康な経産牛の初乳を凍結、または発酵保存して「里親制人工哺乳」も行うようになった。
移行抗体は胎盤又は初乳から
初乳の特徴である免疫抗体(IgG)は動物の種類によって含有割合が異なる、妊娠中に母親の子宮胎盤から子牛への抗体移動「移行抗体」の有無で3分類される。
1・胎盤を介して抗体(IgG)が胎児に移行しない
牛や馬、羊、山羊、豚、パンダなどは、出生後に初乳を飲んで初めてIgGが新生子に移行する。近年の研究から、豚は生後0~3時間は吸収率100%だが、3~9時間後は半減する。牛も数時間以内に人為的に多め(自然哺乳量や胃袋容量から慣行だった量の倍量4㍑以上)の初乳をさらにカテーテルで強制的に投与するよう勧めている。
一方、夜間分娩で朝起きたら子牛が散歩していて、安産で助かったと喜び、子牛が勝手に母親の汚れた乳首から初乳を飲んでいる。どれくらい飲んだのか?飲む前の体重を差し引こうにも体重など知るすべも無い。適当に飲んだことにして、忙しい朝の搾乳作業開始だ。その1週間後、子牛は下痢に見舞われる。
2・妊娠中に胎盤を介して低濃度の抗体を胎児に移行させる。
マウスやラット、イヌ、ネコなどは胎盤を介して低濃度のIgGが移行するが、多くは出産後に初乳を介して移行する。
3・胎盤を介して高濃度の抗体が胎児に移行する
ヒトやウサギは、胎盤から十分な抗体が移行し、分娩時には免疫防御態勢が完了している。そのため、新生子は初乳から消化管を介する抗体移行はない。
分類上、生物の頂点に君臨するはずのヒトがウサギと同類とされ、現在も胎盤の構造や抗体の移動など進化過程の研究が進行中である。ウサギの擬似妊娠なども興味深い。
ヒトの場合、胎児が4~5カ月頃から母親が生活している環境に散在している微生物に対する抗体が胎児に確認される。
抗体が胎盤を通過し胎児に移行が成立。その後、胎齢22週以降からは急速に抗体が増加し、30週には母親の血中量の50%、35週で100%になり、出生時で母親レベルの130~150%に達している。
また、分娩時の陣痛によって、さらに胎児に移行するという報告もあり、移行した抗体には種々の特異抗体が含まれている。出生後、初乳の哺乳ができなくとも、外界の抗原(病原体など)に対して免疫抵抗が可能で、赤ん坊は生後6カ月間も先天免疫で健康が守られているが、牛の妊娠期間はヒトと同じでも免疫環境は厳しい。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。