後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載48
小腸・大腸の機能 多回排便は家畜化の遅れ 小腸消化は自助努力繊毛から栄養素を吸収
消化器官は口腔から食道、胃、腸、肛門まで体内を縦貫する管と、肝臓、膵臓の消化液を分泌する臓器に大別される。改めて肝臓も消化器であることを再確認してほしい。
反芻動物の「胃」は前胃と後胃に分けられる「複胃」であるが、摂食した飼料を完全に消化吸収できずに、ある程度まで消化分解した食糜(しょくび=おかゆ)として「腸」へ送り込む。
特に第4胃では微生物の援助を受けず、自家産の胃液中の消化酵素で分解、消化しても吸収は行わず、食糜をそのまま腸管(十二指腸)へ送り込む。
腸は小腸、大腸と呼称しているが、実際には太さや長さに大小の差が無い。厳密な区分はつけ難いのでニックネーム程度に扱って欲しい。牛の腸の長さは約60㍍で体長の20倍(馬10倍、豚15倍、ヒト6倍)だが、太さは全腸管を通して径約5㌢と極めて細長く、形状はクネクネした紐状である。
便秘手術で目撃される膨大化した盲腸も健康時には径12㌢、長さ75㌢と小柄である。いずれにしても牛はドラム缶(200㍑)大の第1胃の巨体によってすべての腸管は圧縮されている。
一般に、腸管の長さは生活環境に支配され、家畜化が進むと長くなると言われている。これは野生時代には外敵対応で機敏性が先行するので体重を軽くするため腸管を短くする。さらに宿糞をもなくす体制が望まれる。
極端な例であるが、空飛ぶ鳥は膀胱まで切り捨ててダイエットを達成している。家畜化は増体に伴って巨大化を促進するようだ。
小腸
小腸は十二指腸、空腸、回腸、続く大腸は盲腸(牛には人の盲腸炎の原因となる「虫垂」は無い)結腸、直腸などから構成されている。
小腸は主として自前で消化液(腸液)、酵素を分泌し、胃から搬送された食糜と合理的に撹拌混合させるために①分節撹拌運動=腸管を細かく分節し、フシ毎に収縮・弛緩をくりかえす②振り子運動=腸管を振り子状に伸縮させて口径を細く・太く変動揺さぶり撹拌③蠕動=肛門へ搬送する方向に収縮する。これらの運動を毎秒または毎分数㌢程度、繰り返して効率よく消化分解作用を最大限におこない、さらに消化分解産物(栄養素)の吸収のために腸壁の「繊毛」自身も約10秒ごとに揺れ動いて栄養素との接触吸収面積を拡大している。
言うまでもなく腸捻転などの疾病が潜んでいることを念頭に健康管理を怠ってはならない。
肝臓と膵臓
人の十二指腸はしばしば潰瘍を発症して悩まされるが、人の指幅12本分とされ30㌢長であるのに比べ、体重10倍の牛や馬は1㍍で人の3分の一と短い。この十二指腸管腔内へ膵臓から消化酵素を含む「膵液」が膵管経由で放出される。
その膵液中のトリプシンは強力な蛋白質分解酵素で、第4胃液のペプシンで消化されなかった蛋白質は胃酸を中和するアルカリ液の分泌と共にアミノ酸に分解され、腸壁に密集する繊毛から吸収される。なお、膵アミラーゼはでん粉を、膵リパーゼは脂肪を分解する。
また、肝臓から分泌される「胆汁」はアルカリ性で消化液としての胆汁酸(消化酵素は含まない)と肝臓の解毒作用などで生じた排泄物を含む胆汁色素が総胆管を経て十二指腸管腔内へ放出される。そして、先行して腸管内に分泌されている膵液中の消化酵素を活性化して食糜の消化を促進し、栄養素として吸収できる形にまで分解する。
このように、小腸消化は主として消化液中の酵素作用による科学的消化であってルーメン発酵のような微生物の働きによる他力によるものではなく、自助努力で小腸は消化し、その産物である栄養素の吸収を繊毛から活発に行なっている。
繊毛(せんもう)
小腸壁の腸粘膜には吸収面を拡大して効率を高めるためビロードのような「繊毛」が密生し、この毛の大きさは0・5~1㍉で、腸粘膜1㍉平方当たり30本前後が林立している。これらの全体表面積を集計すると、牛の十二指腸に限っても畳・2・5枚分、人の腸全体では畳25枚分、牛の場合80枚相当で、この大風呂敷から栄養分を貪欲に吸収している。
もとより、主力であるドラム缶相当分のルーメン発酵槽からのVFA(脂肪酸)エネルギーも加担されて、牛体維持及び産乳のための栄養分が供給されている。ただし、大腸には繊毛や消化酵素は存在しない。
繊毛から吸収される蛋白質分解物質である「アミノ酸」と、でん粉分解物質「ブドウ糖」を繊毛毛細血管に取り込み門脈を経て肝臓で選別加工され、さらに心臓をへて体内へ分配供給される。
一方、脂肪分解物質グリセリンと脂肪酸は肝臓分泌物「胆汁」のなかの胆汁酸の働きで水溶性となって繊毛経由、繊毛上皮細胞内で「牛脂肪」に変還されリンパ管に取り込まれ胸管(リンパ管の主管)を経て大静脈へ流入し体内に供給される。
この脂肪吸収メカニズムは、人が「秋刀魚」ばかり食べても体脂肪が秋刀魚脂になることを防いでいるといえよう。
大腸
大腸は盲腸、結腸、直腸に区分されるが、いずれも前胃同様に消化酵素の分泌や繊毛はないが、消化管として終末処理を受け持っている。先月述べた、兎や馬の「大腸発酵」による大掛かりな微生物発酵は特異例であっても、「大腸菌」の名称に代表される大腸内細菌群の活動で摂食した飼料が、胃から小腸を経て大腸に至る消化吸収過程で、いまだ未消化物、主としてセンイ質だが、体調不良時には蛋白質・糖質の流入を受けて微生物による発酵分解が、いわゆる善玉、悪玉菌の活躍でビタミンなど有益物質を生成する反面、時には破壊し、さらに腐敗産物が生成され悪臭ガスや下痢便が発生する。
また、大腸は、腸壁そのものの代謝産物や食糜の中から消化吸収出来ない「未消化」の残渣を「糞」として排泄する任務をも果たしている。大腸内容物の水分吸収は特に盲腸で活発に行われ、また、牛糞の特有の形状(階段状円盤便)は直腸内壁のヒダ模様を反映し、腸粘膜から分泌される粘液が潤滑油の働きをして肛門へ糞塊が押し出されて形成される。排糞回数は牛で20回犬は数回以内、ここでも家畜化の差がみとめられる。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。