後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載33
アメリカ酪農の動き 乳価変動は山あり谷あり 体細胞数の規制を強化対日輸出攻勢の序章か
謹賀新年。新年早々だから「夢」のある話題が欲しいが、現実は厳しく余乳問題が深刻化し出荷調整も懸念されるなど頭が痛い。
若者を対象にした英国の成功例を参考に、昨年夏から実施している「牛乳に相談だ。」キャンペーンで牛乳の消費拡大を目論んで来たが、その成果は認められていない。
また、昼間の主婦向けのTV番組でも、牛乳のPRを試みたが、さっそく牛の飼料でお馴染みである「アメリカ大豆協会」の反撃を誘発して敗退に終ったままだ。
日本の財布を握っている家庭の主婦や熟年者達は味噌汁食文化に加えて納豆・豆腐に始まる大豆食品は摂取過剰気味だが、大豆そのものは牛の餌までアメリカ産で自給率は数%にすぎない。
さらに、大豆は「畑の牛肉」と言われて来たが、「畜産物・牛肉=コレステロール過剰」を唱える栄養学者が主婦たちへの矛先をかわすために新語「イソフラボン」を登場させ、これに的を絞っての「豆乳」攻撃は強烈。横文字コンプレックスに加えて大豆受容体質の日本人にうまくアピールしてしまった。
かたや牛乳はマンネリ化した、「カルシウム、骨!骨!」では若者のファッション性には歯が立たず、発想を大胆に切り替えて携帯電話サイトでの「牛乳に相談だ。」を展開中だが、TVから呼びかける美男子が颯爽と飲み歩くライバル飲料「ドリンクバック」のコマーシャルにノックダウンを見舞われた。
次々と攻勢を掛けてくる「水物」に圧倒され、新年早々から酪農界は乳製品の消費低迷が深刻化している中で生乳の余乳対策とこれからの需要対応に追われている。初夢の中に登場した良きアイディアを募集し実現させねばならない。
このような酪農情勢の中にあって、金融業界は不良債権の救済に貴重な「税金」を投入させる一方で、小数点以下の超低金利で庶民の貯金は目減りの一方だ。その結果、年末決算では景気回復の高収益の実績を公表した。
これに呼応して銀行周辺大企業の「景気回復宣言」にはリストラされた弱者と共に、わが酪農界も取り残されたのか?それとも無視されたのか?
原因は複雑化していて、混乱のまま。牛乳消費の低迷は深刻で1979年以来の計画生産調整を強いられる事態を迎えている。
一方、生乳換算で400万㌧に達する輸入乳製品・調製品が日本国内に出回り、脱脂粉乳・バターは在庫が増大している。400万㌧の輸入乳量はどのくらいのボリュームか国内生産乳量と対比してみよう。
ここで問題。わが国史上最高の生乳生産量は何年でその量は?答は96年で生産量は865万㌧である。それが04年の統計では829万㌧である。そのうち飲用牛乳だけでも500万㌧であることから、いかに輸入量が莫大であるかが分かる。本当に牛乳はだぶついているのだろうか?
ここで輸入品について考えてみよう。わが国のBSE発生の原因が酪農先進国からの輸入品であることは確実であってもその先が判明出来ないように、輸入舶来品は食の安全・安心が危ぶまれるリスクが多い。
これは、全頭検査を実施している日本に対し、アメリカは政治がらみで牛肉の輸入再開や、貿易自由化を迫ってくる。そのアメリカはというと、国内農業保護政策と食糧戦略から、検疫が厳重な友好国オーストラリアからでも乳製品の輸入を禁じている。おかしな話だ。
わが国内産は、輸入品と違って生産者の顔がわかる履歴書付きの安全・安心で良質、そして信頼のおけるまぎれもない牛乳・乳製品だ。世界的な評価も高い。
また、品不足であれば輸入するはずだが、アメリカの生乳生産者乳価は爆発的に2年前の2倍に高騰したが、乳製品を輸入させない。その要因に注目してみよう。
アメリカの酪農雑誌の記事によると、わずか4カ月の間に宇宙に飛び立つロケットのような勢いで乳価が76%も跳ね上がったと述べている。政府指示価格に鏡のごとくに密着していた乳価が89年から支持価格より20~70%の幅で上下変動して推移してきた。04年は支持価格の2倍を超える暴騰価格となっている。なぜそのように乳価が変動するのか?
それは、需要と供給のバランスで動く経済原則・競争原理に加えて、生活要因よりも国家的な「ナショナル・セキュリティ」として牛乳は海外からの輸入を厳しく禁じていることから生じている。
なお、アメリカの乳価の暴騰でアメリカの酪農家の生乳生産意欲が刺激され、乾草類の国内買占めによって、その余波で日本の輸入乾草価格が値上がりしたことは体験済みだ。
さらに日本では、新春から品質向上策として実施される「バルク乳体細胞数」による出荷規制強化の動きに呼応するようにアメリカでは、全土の体細胞数の実績が平均で30万以下の29万5千と発表した。
アメリカの酪農界は体細胞で人が健康を害したことは無いと主張し、輸出牛肉のBSE検査も簡易方で、肥育牛には肥育ホルモン、泌乳牛には催乳ホルモン注射を常用。乾乳時は催乳ホルモンを使うなと注意しながら、人体への長期的影響は定かでない間に商品化されてしまう。
そのアメリカで、すでに北海道ではクリアしている体細胞数「30万以下」を公表して品質向上へのイメージ転換を図る。明らかに輸入大国・日本への輸出攻勢を始めているようだ。
ちなみに、米国では1頭あたり平均産乳量は日産32㌔、1戸当たり飼育頭数は86頭で我が国と同格といえる。自給飼料で対抗することと品質で勝つしかないようだ。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。