後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載42
牛の胃袋を学ぼう ルーメン発酵のメカニズム 酪農経営のみならず地球温暖化にも影響
前回は、牛は毎日ドラム缶大のルーメン(第1胃)内に、これまたドラム缶相当量の唾液を分泌しその唾液中には総量1.5㌔もの重曹を含んでいることを説明した。
この重曹は濃厚飼料多給でルーメン内PHが強酸性化・アシドーシスになることを防止し、牛乳レベルまでに中和。ルーメン発酵を恒常的にコントロールし、あたかも堆肥作りや酒蔵の醸造とおなじ原理で人の胃では消化出来ないセルローズを消化・変換して乳や肉を生産すると述べた。
このルーメン発酵のメカニズムや研究成果を酪農家が自分のものとして理解し、合理的に活用して乳牛を飼育することは、酪農経営の成功の鍵のみならず、無頓着になりがちな地球温暖化・京都議定書などに盛られたグローバル時代の地球環境問題にまで貢献することになる。
牛の胃袋は反芻胃・ルーメンに代表されるが、瘤胃・蜂の巣胃・千枚胃・第4胃と4個の胃袋から構成されていることは承知していても、近年は第3胃便秘や創傷性第2胃炎などが、あまりにも人為的に多発させる「4変」に出し抜かれて影が薄くなっている。
さらに、外傷治療同様に外科的に切開、排膿、ヨードチンキ添付の人の盲腸手術並となって「4変」が、消化器である胃袋の飼養管理ミス、酪農家の怠慢病だということを忘れているようだ。
ここで質問してみよう。噛み返し、噛み戻し、反芻はどの胃までが関与しているのだろうか?
答えは、全消化器の6割を占めるドラム缶大の第1胃は腹腔から取り出すと大きな瘤状に膨らんで見えるから瘤胃と称している。これに寄り添って10㍑ほどの第2胃、切開すると六角形の蝶の巣状の内壁が目に付く。
瘤胃として提携して食べた餌を撹拌し、さらに逆転運動、すなわち反芻を繰り返させ醗酵を持続させる。この蜂の巣形状は物理的に最高の頑丈性を発揮する構造(航空力学で活躍)で強烈な収縮運動を発揮する足がかりとなって、第1胃内まで食い込む収縮力で胃内容物を逆転送する。この反芻運動を支配するエンジンの役割を担っている。
子牛の哺乳時に乳首で飲ませるか、バケツでがぶ飲みさせるか。両者をレントゲン観察した有名な第2胃溝(食道溝)の液状物哺乳時の反射運動で第1~2胃が閉鎖され、直接第3~4胃へ流入する話を知らない酪農家はいなかった(哺乳と離乳と粗飼料給餌は後述する)。
もはや、成牛では食道溝の反応はないが、採食後40分前後で蜂の巣胃を震源とする強烈な収縮運動によって反芻を開始する。また、瘤胃で発生するガスが収縮運動で圧力が高まって3分毎位で暖気となって口や鼻から地球温暖化に関与するメタンや炭酸ガスを排出する。
研究者達はこのガス発生とガス代謝による牛のエネルギー損失を減少させるため給与飼料中の窒素負荷の減少策を提言している。
牛体の左脇腹を掌か耳で押さえると瘤胃の収縮運動が波動または波音になって1分間に2~3回力強く触診・聴診される。瘤胃と蜂の巣胃は胃内の餌の撹拌と反芻という特異機能を発揮するのでまとめて「反芻胃」と呼ばれる。
ちなみに、第2胃は牛の腹腔内では横隔膜に接触し、その前方の胸腔内には隣接して心臓が脈打っている。蜂の巣胃から3㌢足らずで心臓が存在するという解剖学的位置付けは現代の金属世紀の牛は命取りとなりかねない。
蜂の巣内の網目に飼料中に混入した針金や釘が穿孔すると胃炎を発症し、更にヘアピンなど手術用針のようにカーブした物体は容易に穿孔して横隔膜を貫通。心臓にまで達する。しばしば陣痛などで腹圧が上昇した出産間もない牛が搾乳中などに頓死した。 一項、輸入ヘイキューブや自家産飼料作物の裁断時にヘアピン状針金の混入による創傷性心嚢炎被害が頻発した。健全な酪農家は牛舎環境をこつこつと改善に努め針や針金の放置などを厳禁し、その成果をあげている成功者であるが、経験浅い後継者や牛舎改築時に危険物の放置事故防止策がおろそかになる例をみる。
第3胃は右下腹部にあって第2胃と第4胃との入り口と出口の口径がゴルフボールも通さない狭さで繋がっていてバスケットボール大である。内容物は搾り立ての醤油粕状の板状のヒダが大小合わせて約190枚が本のページ様に重なっている。形状から重弁胃または「千枚」と呼ばれ食通には珍重されている。
第2胃から狭い第3胃への入り口を通過した2.5㍉以下の微粒子が更にざらざらした葉状のヒダの運動で更に粉砕され水分を吸収コントロールして細い出口から第4胃へ搬送される。搬送不調は第3胃便秘などの食滞を発症する。
食道が進化した前胃
第1胃から第3胃までは消化液の分泌腺がなく、食道が進化して形成されたもので、豚や人の胃袋と同じ分泌腺を持つ第4胃と区別して通常の胃袋(腺胃)の前にあるのでまとめて「前胃」とも呼ぶ。
また、第1胃壁には胃壁面積の7倍相当の絨毯上の1.5㌢大の絨毛が発酵生成物(VFA)の吸収装置が乳頭状に密集して生えているが、第3胃のヒダの総面積は前胃全体の3分の1を占める膨大な広さで食塊の粉砕運動を続けている。
ちなみに、鶏はいくつ胃袋があるだろうか?鶏の食道部には牛のルーメンに匹敵する素嚢があり食道端末には消化液を分泌する腺胃が、更に筋胃(砂肝)へと繋がっている。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。