後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載11
適切な体細胞数は? バルク乳は10万がベスト 細菌駆除する好中球 健康乳ほど力を発揮
◎バルク乳体細胞は10万を
前回バルク乳体細胞数50万以上を連続させる酪農家は明らかに病乳を出荷しているから、消費者の要望ばかりでなく食の安全・安心を担う生産者として、病乳出荷は自粛すべきであると述べた。
30年前の細菌数400万規制以後、現在は細菌数1千個を達成している。細菌問題を克服したように、体細胞も既に熟練者は10万以下の生乳を連続出荷する時代を迎えている。
ここで体細胞の主体が白血球であり、食菌除菌能力を持つ好中球(ミクロファージ)であることから、あまり体細胞が少なくなると脱落細胞だけとなり、好中球がなくなって乳房内の除菌力・免疫力を失う。多発疾病である乳房炎が更に蔓延するのではないかとの心配の声を聞く。
乳中に体細胞が大量に出現するのは生体(乳房)が生存するための防御反応が旺盛に働いた結果で、乳房炎発症を阻止する喜ばしい生理現象である。
そのため、体細胞が10万以下では疾病対策からは、あまりにも無防備ではないか。
しかし、手搾りやバケット搾乳時代を経てきた私の年代の酪農家は、一頭毎に濾過布がベトベトになって何回も洗いながら濾過した最悪の時代から脱却できず、バルク乳の体細胞が50~100万なら濾過フィルターが詰まるわけでもないから、現在の出荷乳は良質乳であると主張する。
かつて体細胞の研究報告でも100万規制が唱えられたし、組合の自主規制に当っても、国際酪農連盟が前搾捨て乳(体細胞が数倍濃縮状態)で50万以上を病乳・乳房炎乳と規定したため、バルク乳は30万となったいきさつがある。
◎体細胞による除菌は失敗
世界で最も酪農に力を注いでいるイスラエルの研究で、あらかじめ乳槽内に針金状の刺激リングを挿入して、常時白血球を常駐させて乳頭穴から挿入する細菌を迎え撃つという当時としては主体防御を応用した画期的な発表を入手した。
私も乳房炎が治癒したばかりの細胞の多い牛乳を抗生物質が利かなくなった他牛の患房に注入する治療を試み若干の成果をみた。
イスラエルのその後の報告で一時的効果があったが、長期に及ぶ結論はリング注入の有無は乳房炎発生に差はなく、刺激による血塊や炎症によって乳量減少、バルク乳体細胞はリングで増加させた分だけが必然的に増加するという致命的結果となった。
また、あらかじめ乳槽に常駐させた好中球は異常を感知して血中から緊急出動してきた精鋭好中球より除菌活力が劣化していることも判明した。
◎健康乳は本来、無菌・無細胞である
バケット乳や分房別搾乳サンプル乳からは体細胞が1万以下でカウントできない例を確認している。また、すでにバルク乳で10万以下を数年に及んで持続している酪農家は、乳房炎騒ぎも少なく、万一発生しても回復が早く、こじれることがない。
健康な無菌・無細胞の乳腺胞に万一細菌が侵入すると、生体防御で緊急動員される好中球の数と活力が最適・最高に発揮されるとの報告が近年増加している。また、初産牛で体細胞が少ない牛は産次を重ねても少ないまま持続するが、逆の場合は次第に増加するという。
毎回の検査で10万以下の酪農家は搾乳量も多く、乳房炎治療のわずらわしさもなく搾乳作業もスムーズで、いつ訪問してもゆとりある楽農を実践している。
◎脱落細胞は誤診だった
牛乳は物理化学的に合成されるものではなく、生物である乳腺細胞から生成される。
乳腺を構成する上皮細胞は新陳代謝を繰り返しながら赤い血液から白い牛乳を生成している。上皮細胞も老化すれば脱落して乳中に混入される。
血液と乳房炎の研究者・シャーム博士の著書に、多くの脱落細胞・上皮細胞の分類写真が世界に先がけて発刊された(1971年、牛の乳房炎)。
このなじみ深い脱落細胞の考えで体細胞規則は100万で良いとする根拠になった時期があった。
それが近年の電子顕微鏡による研究結果で脱落細胞は特に多くても7%以下であり、実際は殆どが好中球(ミクロファージ)より10倍以上も大型のマクロファージであった。
このマクロファージは食菌のみならず変性白血球や脂肪球など乳腺胞内の異物を徹底的に掃除して丸々と太っていく白血球で、大型の上皮細胞と誤診されていた。
さらにショッキングな報告は、ミクロ・マクロファージが食菌した細菌がこの白血球の活力低下時(老化など)には細胞内で生き延びて白血球の寿命が盡きて崩壊すると再び乳腺胞内で復活するという。
乳房炎治療中に症状好転で軟膏注入や頻回搾乳を中止すると再発することを経験している。侵入した細菌は本来は捕食され、白血球内で消化消滅されるはずが、敵である白血球の懐を抗生物質からのシェルターにして生き延びるしたたか者であった。
乳房炎治療用の軟膏注入も牛乳出荷を早めるため、共済獣医師の診療で3本使用するように給付されても1~2本注入で終らせ、次回に再発したら残りを注入することなどは細菌を助長させ、症状を悪化させる要因である。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。