後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載58
産前搾乳のススメ 今こそ身近な飼養管理を 乳房炎にかかりやすい乾乳期、分娩前後は要注意
1月16日、千葉県船橋市で開催された「乳価あげなきゃシンポジウム」には岩手県、宮城県、群馬県からも酪農家が参集し、久方ぶりに「安全・安心な牛乳供給」「乳価30円値上げ」「酪農崩壊」のムシロ旗が掲げられた。
現在、労賃が自給400円の酪農経営は派遣労働者の最低賃金にも及ばず、廃棄が加速している。
前号でも登場した出山祐司氏は「過去の乳価交渉では、1978年に実に30円引き上げの118円20銭とまさに30円値上げした実績がある。無謀な要求でない」と発言。当時は酪農民の運動力とメーカーの生産現場との関わりが浸透していたこともあり、1年に2回の値上げも実現していた。
ところが、現在の乳価交渉は、広域指定団体と乳業メーカーが相対で行っているため、生産者は他力任せになっている。分業化の極みで、酪農家の窮状が反映されなくなってから30年間も経過してしまった。
運動力を棚上げした酪農家は経営までも購入飼料依存型となって、牛の餌は電話で注文して済まし、昔のような自給飼料生産の行動がみられない。そのため、飼料高の影響を強く受けてしまっている。この危機の中で飼養管理が手薄になり、酪農の命である乳房が危ない状況にあるため、産前搾乳を再提言する。
乳房の衛生においては、新しい乳房炎を発生させないことが大事である。特に酪農経営が緊迫状況下にある現在、一時的にも牛体に接触し搾乳によって牛乳を生産して収入に直結させる搾乳牛は健康管理が確保されているが、搾乳しない乾乳牛や未経産牛への対応は疎かになりがちだ。収入増を期待していたはずが分娩と共に乳房炎を発症してしまえば廃棄乳の運命に遭遇する。この厳しい時期に「乳房炎は職業病だ」との逃げ口上にならないように注意してもらいたい。
乳牛の生涯の中で図示したごとく、乾乳時期と分娩前後は特異的に乳房炎が発症する。未経産牛も産前2カ月前後は経産牛の乾乳期と生理的にも同じレベルの乾乳期扱いをしなければならない。泌乳への期待が大きいだけに乳房炎発症時の落胆度は甚だしい。
日常的な搾乳時のディッピングはようやく定着したようだが、逆に乾乳時のディッピングは、一発乾乳が普及するにつれて乾乳直後からいきなり無縁となった。さらに無差別に乾乳軟膏を注入することで乳房観察までが中断されてしまっている。
一方、搾乳中止後、乳頭口を観察した経験から、乾乳直後から1日に1回、2週間ディッピングを実施する人も増加してきた。(2週間くらいで乳頭に栓ができる)乾乳成功を完全に確認することは大切で、一発乾乳以前は段階的に搾乳回数を減らし、自然に乳が出なくなって乾乳完了としていた。しかし、PL乳房炎検査が普及した結果、乳房炎で泌乳が停止していた例が多かった。
乳房生理の研究成果から一発乾乳法が確立された。乾乳で乳腺が休息し乳頭口が閉じるまでと、分娩に向け乳腺が活性化して乳頭口が開き始める時期に細菌の侵入を予防すること。そのために、乾乳から2週間、分娩予定日の2週間前。朝晩のディッピングを毎日実行する。特に牛床などを汚染するような濾乳牛を放置しないよう注意が必要だ。
乾乳牛や未経産牛は放牧場にいきなり放飼すると、初めは牛と追いかけっこになる。そこで給餌時に足首か尾に標識テープを巻きディッピングを実行すれば2~3日で慣れるようだ。
乾乳期中の乳房炎で一般的な環境性原因菌による乳房炎は乾乳前期に感染しやすい。その際、乾乳軟膏が割合に有効である。
しかし、大腸菌による乳房炎は分娩前1週間頃に感染する傾向にあり、乾乳軟膏を注入しても効果は期待できない。乾乳軟膏を使用していても乾乳後半から分娩前後にかけては乳房炎を予防する効果はないため、分娩直前になって乳房炎が発見されることが多い。
分娩前に濾乳やバランスの悪い腫れ乳頭などで乳房炎になった分房を発見した場合、その分房は完全に産前搾乳で搾り切って泌乳期と同様の治療を実施する。その際には初乳が取れない場合があるため、健康牛の初乳をあらかじめ凍結保存しておく配慮が必要だ。
乳房炎は他の疾病と比べ、予防よりも自家療法で手近に残していた薬をやたらと使う傾向にある。しかし、薬物は基本的には牛本来の抵抗力を弱めてしまうものだ。リンゲルや生理食塩水の注入でも細胞数が増加し、同種の抗生剤を投与し続けることや、1度に数本注入したりすると、耐性菌や注入ノズルから抗生剤とは無縁の酵母などの新病感染を発生させる。
なお、再発する乳房炎の多くの原因は乳房炎そのものであって、可能な限りどこかで原因を断ち切らねばならない。現在は経営危機だからこそ身近な飼養管理と、特に搾乳していない乾乳牛と未経産牛の乳房の管理に努めることが最低限の遵守事項となっている。
初産牛の乳房炎を防ごう
乳房炎牛の廃棄乳を飲んだ子牛がお互いの乳首を吸い合ったり、牛床が汚れていたり、ハエにさされたり、乳頭に傷を負ったりすることが未経産乳房炎の発症原因となるか、もしくは潜在させている。自家育成牛より導入牛にこの傾向は多い。
通常、分娩前の初産牛の乳汁は粘性が強烈で、べとついた飴色の蜂蜜のようであるが、乳房炎に感染していると水っぽくて、白色の正常乳もどきや、すでにブツがあるものがある。
初産牛は分娩予定日の45日から60日前に乾乳軟膏などの抗生剤治療を行って、未経産牛の乳房炎の発生率を半減させると、分娩後の体細胞数が低く、乳量も10%増加したとの報告がある。黄色ブドウ球菌の乳房炎が発生した農家では、経産牛だけでなく、初産牛の乾乳治療も行った方がよい。
分娩予定日より早く生まれた場合、経産牛と同様、乳汁に抗生物質が出る場合がある。乾乳期は非常に重要で、新規に感染する大腸菌性乳房炎の60%以上がこの期間に感染する。特に乾乳直後と分娩直前・直後の時期が感染し易い。この時期に感染した大腸菌は、しばらくは潜伏するため臨床症状を現さず、長い場合は200日以上たってから臨床症状を現すという。
初乳を初め、気になる未病乳、前搾り乳などの哺乳用生乳は、人間の赤ちゃんが使う哺乳瓶を殺菌するように低温で殺菌してから哺乳する。昨年自主回収で問題となったヨーネ病、ブルセラ病や未経産乳房炎の原因菌は低温殺菌で死滅する。予め危機を防ぐ習慣を身に付けよう。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。