後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載69
重要なる乳蛋白の発育機能 幼児メタボの防止に 離乳食用牛乳タンパク欠かすな
哺乳動物の母乳成分と幼畜成長速度
出産とともに母乳を飲んで成長する哺乳動物の乳は、出生直後から旺盛な発育を開始する子畜には欠くことの出来ない食物である。
母乳には子の発育に必要な栄養素である蛋白質、糖質、脂肪の3大栄養素に加えてミネラル、ビタミン、水分の6大栄養素がバランスよく、しかも適量含まれている。
特に窒素を主体に炭素、水素、酸素から成るアミノ酸化合物の蛋白質は、子の体をつくる大切な栄養素で、炭素と水(水素、酸素)から構成された(古くは炭水化物と称する)糖質や脂肪からは窒素が欠けるため蛋白質が体内で生成出来ない。
逆に動物体蛋白質である筋肉(肉類)は、糖質を欠くが消化吸収されて糖や脂肪をも産出。熱源に利用されるなど蛋白質は貴重な存在である。
免疫機能の主役は蛋白質
また、哺乳動物の子は、母親の胎内では無菌状態だが、出生と同時に様々な病原体に曝される。細菌が胃、腸管や呼吸気管内で異常に増え、体内へ侵入すると、抵抗力のない子畜へのダメージは大きい。
さらに、栄養代謝機能が未発達な子畜を可及的速やかに病原体から守らねばならないため、周知の通り初乳中の乳清蛋白質がもたらす免疫機能が重要な役割を発揮する。
生体を病原菌やウイルスなどから守る免疫機能は、出生後の一時期に限らず、一生を通じて重要だ。体にかかる過剰なストレスや加齢などで体の免疫力が弱まれば、障害の原因になる。
これを防ぐために、日常の食生活で良質の蛋白質を適量摂取するよう心掛けることが大切である。すでに免疫ミルクやラクトフェリンなどの乳製品も市販されているが、乳を冠する乳酸菌までが植物性を標榜させられ、畜産物、とりわけ牛乳排斥に駆り出された感がする。
各種乳清(ホエー)蛋白質の免疫機能
牛乳の蛋白質はヒトの母乳の3.6倍以上含まれているが、その80%がカゼインで、チーズ製造に使われる。ヒトの母乳のカゼインの割合は45%。主要蛋白質であるカゼインをチーズに分離した後の乳清(ホエー)蛋白質含量は牛乳と人乳はほぼ同類である。
カゼイン(チーズ)は腸管内で消化酵素(蛋白質分解酵素)により容易に加水分解され、速やかに体内に吸収され利用され易い分子構造を持っている。
一方、各種乳清(ホエー)蛋白質の分子は、一般にカゼインよりも分解し難い構造になっている。腸管内でカゼインよりも本来の免疫機能を保持したまま長く留まる特色を持ち、各乳清蛋白質が多様な特異性を発揮しながら腸管から体内への異物の侵入を防いでいる。
ヒトの母乳には存在しないβ―ラクト(乳)グロブリンは分子量が約1万8千で、血液に存在するレチノール(ビタミンA)結合蛋白質と同じ系統の蛋白質である。
ラクト(乳)グロブリンは血液中でビタミンAを運搬する蛋白質であり、ビタミンAには免疫賦活化作用もあり、ラクトグロブリンが腸管内に存在するとビタミンAの吸収が促進される。
ラクトフェリン蛋白質は鉄を結合する性質があり、有害細菌が必要とする鉄分を奪取して生育を阻止し、かつ体内の複雑な免疫応答の調節にも関与している。この乳清蛋白質の免疫機能は分娩直後の初乳の項でも改めて確認する。
哺乳母乳の栄養素組成と幼畜の成長速度
母乳の栄養素組成は、各哺乳種別に出生後の子畜の成長速度や発育環境などを反映して異なっている。牛乳とヒトの母乳の栄養素組成を比較すると、蛋白質および糖質含量が著しく異なっている。
また、各畜種ごとに比較すると、成長が速い動物ほど体をつくる蛋白質が多量必要となる。子畜の成長速度を出生時体重が2倍になる日数を基準に比較すると、ウサギは6日、牛は約50日だが、ヒトは90~120日であって、ヒトがもっとも成長の遅い哺乳動物である。
ヒトの母乳は哺乳動物の中でもっとも蛋白質が少ないが、脂肪含量は牛とヒトではほぼ同じであるが、海中生活で環境が極端に違うクジラなどは脂肪率50%と高率。ヒトの母乳の14倍にも達し、水棲動物は陸棲動物よりも体熱の損失が激しく、多量のエネルギーを消耗することを物語っている。
一方、ウシとヒトの母乳灰分含量はタンパク質と同じく3倍の差があるが、蛋白質と灰分を比べると殆ど差がない。これは蛋白質が溶解するためには、それに見合った塩類(灰分)が必要だからである。
鳥類の鳩やフラミンゴは乳房がないにもかかわらず、雌雄共々が素嚢(そのう)でミルクを作り、雛に口移しで哺育しているこの素嚢ミルクの栄養素成分には糖質が含まれず蛋白質と脂肪が主体であって筋肉質そのものの肉汁を哺乳している。
まとめ
ヒトの母乳の成分を見ると、蛋白質は牛乳の3分の1、犬乳の7分の1、オットセイ・ウサギ乳の10分の1で哺乳類の中で最低であるが、反対に糖質(乳糖)は牛乳の1・5倍、イヌ乳の1・8倍、ウサギ乳の3・7倍、オットセイ乳の実に62倍。糖カロリー過多は見逃せない。まさに肥る傾向にありきで、幼児メタボの防止のためにも離乳用牛乳蛋白質が欠かせないであろう。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。