後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載51
不足する高泌乳牛のタンパク質 制限アミノ酸を複数給与 生産と窒素排泄、両面で効果
ルーメン微生物体蛋白質の量と質および必須アミノ酸
摂食される蛋白質には、靴底のように硬い高分子有機化合物から、とろける「すしトロ」まである。すでに体内に吸収された蛋白質は体が必要とする消化酵素などへ再合成され、この酵素によって加水分解され、低分子のアミノ酸へと変わり、小腸壁の繊毛細胞膜から吸収される。
このアミノ酸分子は乳房炎発症時に乳腺内毛細血管から病的体細胞が乳汁内へ流出する場合とは全く逆のメカニズムで、繊毛細胞膜を生理的に通過して毛細血管に集積され、門脈血管を経て肝臓へ送入される。
この時、肝臓内で体が必要とする各種蛋白物質へと再合成されて組織へ搬送されるが、この再合成に際して体内では合成出来ない必須アミノ酸が10種類ある。1種でも不足するとこれが「制限不足アミノ酸」となり体調が崩れ、産出される乳成分や繁殖関係も悪化することになる。
筆者の学生時代には牛はルーメンがあるから、ここで活躍する微生物(プロトゾア・細菌)が世代交番で「トラは死しても皮は残す」の格言のように、第4胃に送入されて蛋白分解酵素で消化される。
微生物細胞を構成する蛋白質は質・量共に理想的なバランスで、特に必須アミノ酸が卵や魚粉と同じ良好な構成となっている。穀類を主食とする人の栄養学のようにバランスをチェックする必要がないとされていた。
しかし、近年、乳牛は高泌乳へと家畜改良が進み、牧草を主とする自給飼料給餌は僅少となり、飼料の主体は米国産トウモロコシ・穀類の多給餌化へと変化して来た。現代に至っては、トウモロコシを原料とする車燃料・エタノールとも競合する事態を迎えている。
BCPだけでは不足する高泌乳牛
高泌乳牛はルーメン微生物体細胞蛋白質(BCP=バクテリア・セル細胞・プロテイン蛋白)だけでは充足できず、補足すべき蛋白質量は日産乳量20㌔レベルで3割、40㌔で5割、60㌔で6割に達する。
この不足する蛋白質飼料をルーメンとは無関係にバイパスさせ、第4胃から小腸に直行して分解消化・吸収されるように給与せねば高泌乳は達成できない。
さらに、このバイパス蛋白質には穀類やトウモロコシには欠損、または不足する制限アミノ酸であるリジンやメチオニンを補完して給与しなければならない。残念ながら牛用飼料毎の必須アミノ酸の構成分析表が手元にないので、参考までに人間用の食品成分表を示した。(表参照)
この中では、蛋白の語源にもなっている「卵白」「卵」の必須アミノ酸価・スコアを基準の100点とする。その上で栄養満点の「牛乳」BSE騒ぎで動物性飼料給与禁止の対象となった「魚粉」、飼料としての穀類と草の必須アミノ酸構成と制限アミノ酸を比較してみよう。
基準とした卵は21日間に卵殻内で0・2㍉の受精卵子を35㌘の雛へと健康な生命体にまで成長させる優れものである。この卵を始めとして畜産物は全てアミノ酸スコアが100点を越えている。
それに対し、草(ホウレンソウ)は硫黄化合物である必須アミノ酸すなわちメチオニンが50%足らず。第1制限アミノ酸となり、第2制限アミノ酸のリジン・スレオニンが68%、トリプトファンを除く殆どの必須アミノ酸が不足している。
唯一あった乾草(イネ科)のデータを見ると、第1制限アミノ酸がメチオニンで59%、第2制限アミノ酸はリジンで65%である。穀類(米・小麦粉)は特にリジンが44%(コーンフレークは16%)と極端に不足している。
戦前、満州から安く入手していた大豆は第1制限アミノ酸がメチオニン86%だが、幸いリジンは115%であって牧草の欠点をカバーできる貴重な植物性飼料である。
しかし現在は、大豆の国内自給率は数%しかなく、さらにバイパス性を高めるために加熱変性処理やきな粉への粉末加工処理など経済性に難多しである。
50年前、新米獣医師だった筆者は、往診しても診断が出来るわけでもなく、先輩から「とりあえずDLメチオニンを注射しろ」とアドバイスされていた。理にかなった指導だ。
第1制限アミノ酸「リジン&メチオニン」添加試験
制限アミノ酸を飼料に添加することで生産性に好結果を及ぼした研究報告を紹介する。
粗蛋白質含量を15%と18%の2群に分け、さらに制限アミノ酸であるメチオニンとリジンを添加した群と無添加群の2群に分ける。両者を組み合わせた4種類の飼料献立で、分娩後25-65日の乳牛で泌乳試験を行った。
その結果、乳量は制限アミノ酸を添加した群が無添加群に比べて有意に高泌乳量であった。さらに泌乳初期の乳生産でも、乳牛は飼料中の粗蛋白質の15%と18%の高低水準の差よりも制限アミノ酸組成を高める方が蛋白質の絶対量を増やすよりも産乳効果があることが判明した。
窒素過剰、すなわち蛋白質過剰給与は後で述べるルーメン内アンモニア(NH4OH)過剰発生に伴う血中および乳中尿素態窒素(MUN・尿素NH2-CO―NH2)や炭化窒素(CH4メタンガス)過剰発生に始まって糞尿由来の窒素による環境汚染から硝酸態窒素中毒へと悪循環を招く。さらに、割高な蛋白質飼料の無駄使いとなる。
窒素排せつ量低減効果
高泌乳牛多頭化酪農時代となった今日、生産性を減速させずに糞尿中の窒素排泄量を低減させる管理法についての試験が各地で実施されている。
また、BSE問題から必須アミノ酸を多量に含む理想的な「魚粉」の使用も禁止され、これに代替できる飼料を求めた結果から、リジン・メチオニンが重要になった。
さらに、バイパス性が強い動物性蛋白質を禁止して、ルーメン内で微生物に利用分解され易い溶解性・易分解性蛋白質と分解が難しいバイパス性難分解性蛋白質の比率、および難易度、両者の絶対量、すなわち窒素化合物である粗蛋白質の低減飼料を追及した。
その結果、易分解蛋白質は9・5%、難分解蛋白質は5%(易蛋白66対難蛋白34)だった。総計の粗蛋白質は14・5%まで低減しても乳量は確保され、目的とする窒素排泄量が低減できた。
完全配合飼料が登場したころは粗蛋白質は18%以上で飼料計算結果も蛋白質充足率が150%以上、中には200%と2頭分も過給されていたにもかかわらず、ほとんどがエネルギー不足であった。
また、不足アミノ酸を複数で混合給与すると単独給与よりも生産効果が上がる補足効果が認められた。飼料献立は蛋白質とエネルギーのマクロ面と蛋白質内部のアミノ酸相互の補足効果を発揮させるミクロ面との両面からの多角的工夫が求められる。
メチオニンとリジンを補完して飽食傾向の粗蛋白質は14%まで節減して窒素排泄量は2割低減され、なお、乳量も確保されている。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。