後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載28
予防対策の余知 見直されてきた予防医学 リンパ球の増殖を刺激バナナ給与で子牛の免疫増強
伊豆大島からバターが送られてきた。「御神火・三原山の裾野で牛たちは無農薬のあしたばや三原かやなどの野草を食べ、ふりそそぐ太陽の光と海風をうけて元気に育っています。また、牛舎にはハーブや薬草などの植物抽出液を噴霧しアロマテラピーを活用した健康管理、搾乳の時には静かにクラッシック音楽を流すなど、牛たちのストレスを少なくするように心がけております」との手紙も同封されていた。
実は2年前、事情があって伊豆大島から酪農が消滅する危機にあったのだが、関東の野菜などの産直グループが酪農部門への進出を試みてこの地の酪農を引き継いだわけである。いくら酪農への意欲が強くとも、動かない野菜相手から動き回る牛相手の新世界はかなり戸惑っていたのだが根が研究熱心なグループであったので早くも地の利を得た自然との共生を考えた彼らの生き方本領を発揮してバター生産まで手がけるまでに伊豆大島の酪農が復活したことを喜んでいる。
牛も関係者も生き返った状況が「保存料などの食品添加物を一切使用していない、安心ですがとてもデリケートな食品です」と宣言できる背景には、酪農体験で見聞した乳房炎多発と、やたらと抗生物質を乱用して牛・人がストレスの塊の中にいる現実に反発して、アロマテラピー活用のバター作りによって土地に立脚した本来の酪農がにじみ出ている。
私の周辺には自己の労力以上の増頭で、8台ものミルカーを一人で操作したり「乳房炎は見れば判る」と言って、見つけ次第直ちに抗生物質軟膏を注入する酪農家がいる。早期発見・早期治療を忠実に実践している。いちいち獣医師に頼んでたら手遅れになるという。
その牧場でバルクタンクの上に乳房炎軟膏の大箱がでんと据えられている風景に接した。「最近は薬が効かなくなって2本ずつ朝晩注入するのに治らない。新薬は無いのか?」と言う。
製薬会社の試作品を仕入れて早く注入できる獣医は腕が良いとみなされ、獣医は単に製薬会社の配送人に過ぎなくなっている。まさに、ぎすぎすのベルトコンベアー化された工業的発想の世界に突入している。予防対策を講ずる余地が見られない。
幸いNOSAI獣医師の研修会で「低投資酪農」が論じられ、また、抗生物質の使用量と診療回数や乳房炎の罹患率を検討した報告が見られるようになった。
また、クロノセラピーすなわち「時間治療」が人医で注目されている。治療効果を上げるために投薬時刻を変えて薬効を持続させ副作用は少なくする。昼間だった投薬を夕刻に変更する、夜は眠くなり朝になれば目覚める自然な体内時計バイオリズムに合わせて治療するというもの。
この考えは肝臓の血流量のピークが明け方に来て、その後肝細胞の働きが活発化することと、肝臓は代謝や解毒、ホルモンの分解など多彩な働きをすることをうまく利用する。夕刻投与では薬物の排泄が鈍化するだけ薬効が持続する。免疫活動は夜にピークが来るためだ。
最近、酪農雑誌に牛そのものの自然回復力、つまり免疫力を高めて感染症を予防する研究報告が目に付くようになってきた。喜ばしいことだ。化学合成薬物と疾病との攻防は高病原性鳥インフルエンザに見られるようにウイルスも細菌も生物としての自己防衛DNAが働いて変異や耐性化が進んで、いたちごっこともいえる新薬開発競争は動きが止まったようだ。
化学万能の薬物大量療法が全く効を奏さなくなって反省期に入り、牛・人の免疫・体質改善つまり予防医学が見直されてきた。
NOSAI宮城の研究発表で導入子牛の「下痢や肺炎の発症予防」にバナナを給与して免疫細胞を増強して罹患予防効果をみとめている。
この発表を参考に全開連岩手畜産センターは現実に下痢を発症した60頭余の子牛にバナナを給与して翌日には軟便が正常に戻ったり粘液混じりの下痢の回復が早かった。離乳後に再度哺乳に戻る子牛がいなくなったとバナナの免疫効果を追証している。
NOSAI宮城の発表で子牛は成牛に比べて未熟で感染症に罹患しやすく、免疫機能に関するリンパ球幼若化反応が低いが、バナナを1本ずつ5日間与えた結果、リンパ球が増加しその主体が細胞免疫を活性化するTリンパ球であることを突き止めている。
バナナ・レクチンがリンパ球の増殖を刺激し、通常ならば子牛の下痢はすぐ抗生物質の登場となり肺炎まで併発し死亡事故も多発したものだ。
インドネシアの山中では薬剤など高嶺の花であり、牛も私もバナナを常食にしていたおかげか、牛はバナナを再生させるため切り取った幹も平らげて健康便を排泄できていた。
産後多発する疾病も牛体の免疫力が低下していることが原因と北里大学・大塚氏が報告している。図のように血糖が低いとリンパ球が低く、免疫力が低下するため疾病を招きやすい。
そこで、血糖を高めるため、産前にグリセリン(プロピレンGは禁止されている)を給与する。分娩直後はカルシウムを投与して筋力を高め、子宮筋や乳頭括約筋を緊縮させて、内膜炎や漏乳性乳房炎を予防する。また、BUNから栄養を改善し免疫力を高め、体細胞の正常化を促進する。かつては産前産後は黒砂糖や味噌汁を飲ませたものだ。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。