後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載63
給水は充分か? 乾乳牛にもゆとりある水槽を 搾乳牛の飲水量1回20秒間で5㍑
北極熊やイヌイット達の生活の場が地球温暖化で消失の危機にある。昨年は洞爺湖サミット開催地の北海道でも気象用語で最高気温が35度を超える「猛暑日」が連続した。埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市では8月16日に気象観測史上で日本最高気温40・9度を記録した。
近年は各地で熱中症騒ぎが人畜ともに多発している。年配者には熱中症とは何か?と奇異に感じる面もあるが、日射病や熱射病といえば理解が早い。
熱射病とは、わが国のように高温多湿の環境の中では、体温を下げようとする生体防御反応が働かなくなって体熱が放散できず、体温上昇・意識障害などを起こす異常状態をいう。
特に直射日光に曝されて発病した熱射病を馴染み深い日射病と呼ぶ。木陰もない無風の炎天下の広場やアスファルト道路で運動選手まで発病する。かつて、馬車馬が大荷車を引き、全身に滝のような大汗をかき、鼻息が荒くなってついに転倒した。こんな時の馬主は手馴れたもの。愛馬の直腸に氷の塊を突っ込んで体熱を下げたと聞かされた。
昔は幼児に恐怖をもたらす注射をせずに肛門に座薬を注入したり、排便させたものだ。さらに子供を病院に連れてくる前に母親がまず子供に家庭常備薬で浣腸(牛にも経口投与するグリセリンを使用)して排便させた。薬を使わず紙コヨリで肛門を刺激するのもいい方法だった。それでも治まらなければ、診察を受けるようにと筆者が子育てしていた時代の医者は指導していた。
先日報道された点滴薬の作り置きでは、まず診療は点滴が主体で注射しないと文句をつける患者達との因果関係で特に産科と小児科は医者不足を招いている。
畜産面ではどうだろうか。馬方が初歩的な浣腸で危機を乗り切ったように、馬に強制飲水で誤嚥性肺炎を発生させる危険もなく、直腸から安全に且つ簡単に補液給水して脱水処置と体熱放散を浣腸で実現している。
浣腸の効能は薬物万能とは根本的に異質の合理的処置である。砂漠の中の酪農国、イスラエルのキブツでは、大牧場で乳房炎の治療に水道水で乳房を潅水しながら、浣腸とともに膣内にも注水していた。薬物注入より潅水しながら素手(手袋着用)による搾乳で乳房炎乳汁(毒素乳)を排除していた。もちろん患畜は舎外の治療場で処置して周辺を汚染しない配慮がなされていた。
前段から推察されたように、防暑対策として体温調節から水を取り上げ生体防御機能として体内の自然免疫の活性を促進する家畜飼育の原点を再確認しよう。まず最初に体温とは、生体がエネルギー代謝を行うことによって発生した熱によって生じる身体内部の温度である。体温がほぼ一定に保たれているのは、体内における熱の産生(食物の消化、吸収、運動に伴う科学的処理)と体外への熱放散(物理的処理)との平衡・恒常性(ホメオスタシス)によって維持されている。この体温調整機構に関与するのが体内の水である。
体重の約60%が水分で、その60%のうち約40%は細胞内に存在し、残りの20%が細胞外(血液の中の血漿など)に存在する。この体内水分は①体の成分を溶解して化学反応を起こす場を作る②浸透圧を保持し細胞の形態を維持③栄養素の代謝、体液の循環、体内老廃物の排泄運搬④体温調節特に体重の13分の1を占める血流が体熱の放散には主役を演じる――の4つの作用がある。
ちなみに、乳牛は1㌔の乳を生産するのに乳房内で500㌔の血液を循環させている。その乳房潅水は体熱放散には実用的かつ効率的である。
ここで質問しよう。男性は女性より水分過多であるが、キュウリと牛乳では水分は多いのはどっちか?硬いキュウリのほうが水分は96%液体。牛乳は88%で断然固形物が3倍も多い。この点がキリギリス・スタイルに憧れるノンカロリー族に牛乳が敬遠されるようだ。
人畜は毎日必要とする水分を食物や飲水そのものから摂取しなければならないが、当然夏季や高泌乳期には飲水量が増加するので、生草や、干草の摂取量に差が生じる。
今頃はサイレージが底をついて乾物ばかりで少々の加水では冬季のTMR含水量にも及ばない。気温の上昇とともに、あたかも堆肥製造に適した水分量に伴って半日も経たずして変敗してしまう。時には鼓張症まで発症する。TMRの異常発酵防止にも加水(サイレージ並みの水分75%以上)が効果的である。
飲水について、水質や給水そのものを点検してみよう。山腹の溜まり水を利用しているインドネシアでは、この生ぬるくて悪臭がし、濁っている水をいかにして飲ませるかがポイントになる。水牛は野生に適応し、自らが水浴びして排泄した糞混じりの濁り水を平気な顔で飲水するのだが。
人はとりあえず煮沸してから冷ました上澄みを利用するが、牛の必要量はケタ違い。濁り水に糖蜜や米糠を添加して飲ませるが、その量は少ないため、生命保持がやっと。民謡のように「水は天からの貰い水」で雨水が確保されると断然乳量が増加する。
この状況と比較すれば皆さんの牛舎の給水施設は完璧だが、この完璧な施設を果たして十分に活用しているだろうか。
廃業者の中古のバルクタンクで冷却水を給水しても冷た過ぎたり、給水量が牛の飲む速さに追いつけず、途中で牛が飲水をやめてしまったり、強い牛の水遊びになるなどの欠陥がみられる。15度以下の低水温と乳量増との関係は期待が薄く、30度近くでも清潔なカップでゆとりある水槽なら十分飲水するしコストも安い。むしろ「牛飲馬食」の例えの通り、1回の飲水時間は約20秒間だが、その間に6㍑は給水できる水圧量が必須である。
搾乳牛は1日に約15回、1回に約5㍑の水を20秒間で飲む。この飲水行為は24時間の牛の行動からは2・5%(約30分)にすぎない。乾乳牛も飲水量が増加すると乾草の摂取量が増加し、産後の周産期障害の発生が抑制され、免疫力の活性効果がみとめられる。したがって、乾乳牛舎にもゆとりある水槽を設置して清潔な水を確保しよう。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。