後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載64
水は生命の根源 自覚症状ない脱水症に注意 湿度・湿気に功罪あり不快指数は人間の10倍
体内の水は内臓相互の働きを調整し、夏季は血液循環の血流で発汗と体熱の放散冷却を促進し体温の恒常性を維持している。体温正常時と上昇時の体内の血流量分布を比較すると、上昇時は内臓部に最も大きい変化を来たして38%から19%へと半減する。これは熱源となるルーメン発酵熱抑制のため摂食量を制限し消化器官を停滞させ食欲をも減退させた結果だ。
一方、呼吸筋は2%から14%と7倍増え、汗腺がない鳥の如く「あえぎ、パンティング呼吸」から、「深呼吸努力型」へと呼吸数が激増する。
発汗と呼吸は物理的には水の気化熱を利用する放熱で脱水が伴う。体重の3%の発汗、脱水で、のどの渇きを感じる。仮に体重が50㌔とすると、1・5㍑の脱水となる。すると、血流がドロドロになり、これを越えると体温調節が困難となって熱中症から多臓器不全へ。死に至ることになる。牛体も脱水を防止せねばならない。
高泌乳牛は、良く食べ良く水を飲み多量の排泄をするが、人は飲水量に匹敵する尿を排泄し、発汗・呼吸で蒸散させる水分は尿の半分でしかない。乳牛は飲水量の1割、12㍑の尿と糞中の水分が40㍑だが、発汗・呼吸の蒸散・蒸発から、飲水量相当の100㍑の水分を気化で排泄している。
この蒸散水分が牛舎内の湿度を高め、ジメジメ・ムシムシの元凶となる。この湿度・湿気は、乳牛にとって人間の10倍の重みで不快指数を増幅。体感温度を悪化させる。
酪農家はしばしば畜舎屋根にスプリンクラーで散水する。以前、筆者がある牧場で測定すると、気温は31・8℃から30・1℃へ1~2℃下がり、クーラーの効果を感じたが、牛にとって問題となる牛舎内の湿度は80%から89・1%へと約10%上昇した。結果的に環境改善効果はなかったことになる。よって、人が作業する時間に限定使用した。
ちなみに、湿球温度(=温度計にガーゼを巻き水に浸け蒸散気化温度を測ること)は28℃から28・3℃とほとんど変化はなかった。
自覚がない脱水症の怖さ
脱水症予防には「のどが渇く前に水を飲め!」。スポーツ専門医は「水分豊富な体を作る『ウォーター・ローディング(負荷水)』で防げ」とアドバイスする。最高気温が人畜の体温を超える猛暑が続くヒートランド現象では、熱中症による死亡例が多発。プロのスポーツ選手までもが熱中症で途中棄権している。
その対策として最も効果的なのは、レースの3日前から十分な水を摂取することで、体内の正常な新陳代謝を促し老廃物をスムーズに排泄するなど、体調をいい状態にもっていくことを目的に行われる「水分摂取法」である。ウォーター・ローディングに最適な飲み物は水。1時間に800㍉㍑を上限として、1回に250㍉㍑以下の水を何回にも分けて摂取する。すると、排尿量(回数)がやや増え、黄色だった尿が無色になれば適切な量である。
戦時中は適地での毒入り水を恐れ、行軍中は飲水が禁止されていたものだが、筆者は富士山の山開き登山をする際、ボトルを持参して飲水するようになった。すると、酸素まで水から供給されるようで、楽しいくらいに登山は快適になった。
筆者は鯉淵学園で教えていた頃、サイロ詰め実習をする際は、特に新入生に数日前から 出産牛並みに味噌汁、朝食の完食を奨励して水分、糖質、塩分を補充させて熱射病を防止した。
牛体が脱水症を起こすと乳量が減少する、残餌が増える、牛体、特に乳房の汚れが激しくなる(少しでも体熱を放散させようと糞尿やウォーターカップ遊びで牛床を濡らしたりして、少しでも温度が低いところに接触、横臥して牛体を汚す)。
温湿度計は配布されているが体温計は殆ど役立てていない場合が多い。転ばぬ先の杖で、代表的な愛牛の体温測定で健康チェックを。マンネリ管理のなかでも、水槽の手入れで牛が渇きを招く前に、スポーツ選手に見習って、牛の群集心理を刺激する、水音、水流で飲水を誘い込むなど、この辺は読者の名案を紹介して欲しい。
牛舎内には、ルーメン発酵熱が1頭から2万5千㌔カロリー(1㌔㍗の電熱器コンロ30台分の熱量)を発散し、気温上昇に伴って、牛は人以上にダメージを受ける。湿度・湿気の上昇は障害が激増する。換気扇で舎内に充満する環境有害物質を可及的速やかに舎外へ排出する方式がコストも安く暑熱対策の基本である。
換気扇の空気の流れを発煙実験で確認してみよう。効率良く且つ滞りなく気流(発煙)を牛体に当て、牛を活性化させ舎外へ放出させよう。外気は舎内より気温が高くとも、雨や散水が無ければ湿度は低い。木陰の外気の導入や牛舎の出入口、窓の開閉、物品の放置に配慮すれば牛は活力を回復するはずだ。
また、牛体や牛糞の発熱を軽減させるため、飼養頭数密度にゆとりを持たせ、除糞はこまめに行うこと。パーラーへの待機場は環境が最悪であるから、床面から乳房へ放水し、天井からは微粒水の噴霧と換気扇のフル回転で気化熱化を促進しよう。
さらに、暑熱ストレスを受けやすい高泌乳牛、子牛、分娩予定牛などを牛舎内でも比較的涼しい場所に移動させる。暑熱ストレスを受けた空腔牛は、11月にようやく受胎できても翌夏に分娩を迎えるという悪循環をもたらすことになる。
夏季は暑熱の影響で消化機能が低下し、栄養分の摂取不足が付随する。肝機能や免疫機能に関与するビタミン・ミネラルも不足する。乳牛にとって生産の落ちない温度の上限は約25℃。これ以上になると生産性が低下し、病気に対する抵抗力、免疫力が衰える。早め早めの夏バテ対策で摂取量回復のためルーメンアシドーシスの防止に重曹を添加して飼料水分を好物の生草なみの80%まで加水加工して給与する。牛の欲求心を誘発するため、マメに飼料を掃き寄せるなど、食べたくなるように刺激して「水、鉱塩、重曹ブロック」などは牛がいつでもゆとりを持って摂取できるように先手を打つべし。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。