後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載32
乾乳とは何か? 乾乳期間60日は過去の慣習 乳腺の活性化免疫力を高め固体ごとに柔軟な対応を
乾乳とは何か?この質問に対して、畜産学科の新入生達の多くがその漢字から意味を探り出し、乳を乾かすのだからと「チーズ」を連想する。また、学のあるところを見せようと「蘇(そ)」なる古代語を持ち出す学生が必ずいたものだ。
畜産用語辞典には、「泌乳期の搾乳を停止した後、次の分娩まで搾乳をしない」「牛乳生産を続ける搾乳はやめてしまう」とあっさり記述されている。
前者は、生命の誕生を期待して夢を実現させるため搾乳停止するという意味。私には心地良く感じるが、後者は乳が出なくなったから仕方なく搾乳をやめるという消極的なもの。さらに、泌乳不調だから発情もこない、ノンリターンを信じて(種付けした後次回発情が来ないので、空胎なのに妊娠しているものだと思い込む)乾乳し、分娩予定まで放置してしまうなど、次々と不都合が飛び出した暗い過去の酪農時代を思い出させられるものだ。乾乳の条件には妊娠が欠かせないのだ。
近年は産乳量が1万㌔を越え、乾乳するときにまだ40㌔近く出ている場合がある。もったいないからそのまま搾乳を続けたいし、乾乳するにしても一発乾乳はむしろ乳房炎が怖くて実行できない。
このように産乳成績は時代の最先端に達しているのに、乾乳方式は旧式の漸減法である。1日1回搾乳から隔日搾乳へと徐々に泌乳量を減乳させたり、乾乳飼料給与管理を行ったりと、手間のかかる作業をやらねばならない。
また、分娩が予定日から8日前後はばらつくし、漸減法では乾乳を開始しても、どの時期に乾乳が完了するのかも定まらず、真の乾乳期間は更に不確定になる。
牛群検定成績データーを県別に見ると、乾乳期間は62日から71日と9日の差があり、分娩間隔も423日から512日と3カ月もの差がある。
さらに、20年前は391日間隔で年1産を目標にしていた。その目標に26日の差で迫っていたが、現在はさらに間延びして77日差に開いた。分娩間隔は15カ月に1産となり、3カ月間の間延びが定着している。このことからも、乾乳期間は流動的になっているのがわかる。
このように乳牛の生理現象が飼養管理や改良の進展に伴って(果たしてよい方向かは時間をかけながら見定めて行くしかないが)、慣行的な考え方も柔軟な変化が必要になりつつあるようだ。
乾乳そのものを研究テーマにした試験結果がめったに入手できないのは、乳牛の環境そのものが時間経過や産次数など次元の差が大きく比較が難しいからである。
さらに泌乳期毎に連続して無乾乳、生涯搾りっぱなしという事態も生じかねないが、このメリットをどのように評価するのか、また母体そのものが成長期にある初産・2産の若牛や、胎児が和牛かホルスか、さらには双子かなど、条件がそれぞれ異なっている。
現在は、「乾乳期間中を前期・後期と群分けして管理せよ」「給与飼料のカリが多い、カルシウムを減らせ」など細かな飼養管理が求められている。
一方昔は、乾乳中は経費がかかっても収入は皆無であることから、給与飼料は粗食で一掴みの穀類も節約する厳しさ。つい最近まで、胎児の急速なる成長のために搾乳を停止してまでも、産乳15㌔相当の栄養を胎児に送り込まねばならないとされてきた。
それが現代は人も乳牛も飽食の時代にあって、乾乳期も過食気味で胎児の過大成長を嫌い、和牛を交配するなどホルスの純血を守った時代も遠のいて、後継牛までが不足するようになってきた。
手間がかかる長命連産牛より均一の若牛で回転・更新を早めて手間を掛けない方向にいければ、乾乳するより搾りっぱなしの方が、多頭化の波の中では工業的なベルトコンベアー的な均一管理が、スケールメリットをもたらすとする企業的経営牧場の選択肢として登場してくるのもおかしくないだろう。
だがこれを少数精鋭の家族的経営へそのまま当てはめるのは無理がある。こちらは細かな生物的メリットの積み上げによって利益を上げていくことが生き残る道であるからだ。
乾乳期間は古くから1年1産という目標から、妊娠期間と生理的空胎期間を差し引き、60日が適当と言われてきたようだ。
受胎が遅れて泌乳期間が伸びているうちに自然に乳が出なくなって、そのまま乾乳してしまった牛が多かった時代は、100日近くの乾乳期間牛は珍しくなかった。
これらの牛は胎児の育ちがよいが、母体は過肥に陥るか逆に働かざるは給餌せずで栄養不足となり、ともに肝臓は脂肪肝に侵されるので、難産や後産停滞についでケトージス、乳房炎など産後の肥立ちが悪い場合が多く、長期の乾乳は誰しも体験的に嫌ってきた。そこでたとえ5㌔しか乳が出なくても分娩予定60日前まで1日1回にしてでも搾り続けて60日間の乾乳期間を守る傾向が強かった。
私が40年前に体験した80頭ばかりのフリーバーン・パーラー搾乳牛群は群分けできず乾乳牛もパーラーで給餌することもあった。止む無く丸2年乾乳せずに搾乳した結果、予想乳量の2~3割減であった。
当時ニュージーランドの研究報告から無乾乳は減乳し、次の泌乳期もさらに減乳することを知って無乾乳は中止した。しかし当時の管理はまさに省力管理を徹底したものと感じたものだ。
しかし、乳房炎が重症で乾乳期に継続して搾乳しながら治療を続けたケース、産前乳房炎を発見し、産前搾乳を開始したケースなど、乾乳期間が1カ月足らずであったが、いずれも次回泌乳期が他牛と遜色なく搾乳できたので、無理に乾乳して産後不良になるよりも、乾乳期を利用して回復処置を講じるべきだと思う。
高泌乳時代の乳牛は乳腺組織をわざわざ退縮させようとしても活発に泌乳するので、休ませて再生させるなどと言う旧来の考えは通用しない。乳腺はむしろ活性化を持続し生命を保持している肉体と同じ組織の一部である乳腺であるわけで、乾乳期間60日という数字などにこだわるより、乳腺そのものの生理的活性化・免疫力を高め、持続させるための栄養面及びカウコンフォートを考慮して固体別に柔軟に対処すべきだと思う。
酪農経営そのものが均一な条件にあるわけではないので、常に研究心旺盛で主体性を持って前進することが肝要である。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。