後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載68
百日の労、1日の楽 正月はゆっくり過ごし 牛乳餅雑煮で酪農魂養おう
新年明けましておめでとう。インドネシアでは〝スラマッツタフンバル〟と言う。全世界が新年を迎えた。諺に「百日の労、1日の楽」と「節句働き」がある。やはり働くばかりより、正月くらいはゆっくりしたい。
「1合雑炊2合粥3合飯に4合鮓5合餅なら誰も食う」。米の消費拡大推進モドキだが、米は多少炊き方が違っても満腹感は同じ。しかし、餅は誰しも別腹が働いて「餅腹3日」と言われるくらい腹持ちが良い。
そこで栄養バランスを考えて、ここに牛乳を加えた「牛乳餅雑煮」で新年を祝って酪農魂を涵養し、モチモチと経済不況を克服しよう。
昨年はアメリカの低所得者向けの住宅ローン「サブプライム」と根源とする拝金マネーゲームが破綻した。これら拝金ゲームには縁が無かった多くの庶民達にも、否応なくガソリン価格の暴騰に象徴された生活物資の高騰に庶民生活は翻弄された。
そのような苦しい経済状況の影響からなのか、毎朝出勤時間になると首都圏の交通機関では人身事故発生の報道が増加。企業への新規内定者が次々に内定取り消しになる事態も招いている。
ついに現在の世界恐慌の根源である競争市場原理を旗印としてきたアメリカ資本主義経済は社会主義的発想で、空前の国家予算、出所は庶民が支払った税金を金融資本へ投入する騒ぎで、初の黒人大統領誕生をも迎えた。
円高ドル安の為替市場を迎え、世界のトヨタがついに音を上げた。皮肉なことに、ガソリン価格が円高差益よりも安値となって、バイオ燃料関連で騒がれたトウモロコシも値下がりした。
筆者もインドネシアに滞在中、ほんの1週間で1万円を両替するのに「円はいくらでドルはいくらでルピアはいくら」と金銭感覚を研ぎ澄まし、初めてマネーゲームというものを垣間見た。
今から5年前、インドネシアでは1万円が百万ルピアだった。「百万円」という響きで百万長者気分を味わっていたが、最近では若者が1人で2台の携帯電話を使い分けるくらい裕福になった。両替すると5年前と比べて円の価値は3割も低下。そのおかげでモツ煮を食べる回数を減らすハメになった。
ところが、昨年10月末の1週間は再び1万円が百万ルピアを越え、一転してモツ煮を奢る身分に昇格した。健康保持の源・バナナは1本1円程度。万々歳となった。
インドネシアから帰国するとガソリンが牛乳より安くなっていた。店頭の牛乳は心持ち値上がりしていたが、夕刻には30円値引きの赤いラベルが目に付き、やはり主婦の財布は厳しさが増大していた。庶民には新車購入は急がずとも日常的な生命保持の「餅と牛乳」はまさに食糧安保からも確保しなければならない。
新年早々だから明るい話題をと思い、パソコン内に保存していた写真を材料に話を進めよう。
さて、みなさんの家に注連縄(しめなわ)はありますか。農耕民族の象徴でもある稲作文化の賜物。現在は食料〝自救〟率向上のためにパンの原料に米粉と牛乳を忘れずに。稲作国家である我が国では、国産ワラの有効利用と減反水田への飼料イネの作付けで国産酪農復権と都会人の故郷・農村環境の活性化を期待したい。
県共進会。1年に1回しか顔が見られないことが多い牛飼い仲間だが、不景気の時こそ仲間の顔見世が必要だ。共進会場の展示品は日進月歩の貴重な情報源になっている。しかし、会場に出展してくれる関係業界は極端に少なく、酪農家も酒を飲んでご機嫌になる程のゆとりはなかった。
なじみの先輩の中に新顔の若手入賞者や夫婦共々の参加が増えて心強い。私が住んでいる某県で有名な農林高校がついに校名から「農」を放棄したことは悔やまれるが、学生が育てた愛牛持参で、会場の清掃などにも献身的に参加。彼らの将来が期待される。
「共進会入賞牛は形ばかりで実力はどうか」と頑迷に批判した人がいたが、最高位常連入賞の大岩牧場(千葉県・八千代酪農協)のマミーダーハムマーク号の搾乳状況を写真に収めたので、見事な乳房の搾乳前後のしぼみ具合を見てほしい。大型のバケットミルカーで搾乳しても満杯になり、パルセーターが故障しそうになったので中断したが、写真のように搾乳後はスポンジを絞ったように健全な乳房であった。
インドネシアでは1日の乳量が5㌔でも日銭になるのが魅力だ。そこで女性達はソフトチーズを手作りして味と歩留まりを確かめ、自ら販売も担当する。
日本の牛飼い女性達は、厳しい中でも文才を発揮。山川純子氏は牛達との心の交流を次のように詠んでいる。
他人のもの良くみえるらし牛らにも隣の餌に首を伸ばして
舌先に仔牛は君のポケットの軍手の片方抜き取っている
『凍天の牛より』
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。