後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載57
販売無くして生産無し 消費者の心を捉えよう 流通業や外食産業販売戦略は多様化の時代
昨年12月、卵と並び物価の優等生だった牛乳も来年度から遂に30年ぶりに飲用乳価が3%、実質3円の値上げが決まった。それに応じて牛乳・乳製品の小売価格も10円程度値上がりするようだ。
参考までに海外に目を向けると、米国では67%、実に1・7倍値上げと日本の値上げ幅とは比べ物にならない。その他、豪州では29・9%、英国は9・4%上昇している。製品の末端価格上昇は、消費者の購買意欲を更に低下させる恐れがあり、米国の乳業は価格引き上げの結果、売り上げが激減して損失を出しているようだ。わが国も穀類由来食品の値上げが矢継ぎ早に出る中で、家計収支は苦しくなる一方だ。生乳生産の現場でも1~3月の配合飼料価格は㌧あたり3900円の値上げが報じられ、すでに肥料や機械、資材も高騰という環境である。
また、日本特産農産物協会は11月28日、07年産大豆の初入札取引結果を発表。普通大豆の平均落札価格は、前年同期比6%(533円)高の60㌔あたり税込み9125円だった。世界的に大豆相場が高騰していることに加え、北海道産の大豆の作付け面積減少などを受けて、国産大豆への引き合いが強まった。平均価格は、過去3年間での最高値である。
さらに、脱脂粉乳(子牛用粉ミルク)も値上げする模様で、1袋20㌔で500円上昇。7千円程度だったはずが、大台の1万円を突破し、その煽りを受けて酪農家の廃業が加速している。
一方、乳業は生産者乳価の引き上げに加え、紙パックなど包装資材の価格も上がっていることから、大手3社は牛乳・乳製品の価格引き上げは避けられないと発表。明治乳業の値上げ改定率はチーズ約14~約25%、マーガリン約6~約13%、冷凍食品約3~約18%、アイスクリーム約17%~約20%、粉ミルク9・4%。改定日は3月1~17日としている。
森永乳業は3月から家庭用チーズ25品を9・1~25%、雪印乳業は2月から家庭用チーズ、油脂58品を5・6~25%値上げする。乳業は物価高で頭を痛める消費者感情を考慮しても偽装ではないが、価格を変えず内容量を減量する苦肉の策で実質値上げをも試みている。さらに、六甲バターは2月から業務用プロセスチーズを10~41%、ナチュナルチーズを8~48%値上げする。
牛離れが深刻化している今、値段が上がったら更に売れなくなるのではないだろうか。学校給食を卒業し、成人になると牛乳を飲まなくなる代わりにタバコや酒、缶コーヒーは飲むようになるが。
年末に放映されたTV番組「噂の東京マガジン」で30年ぶりの牛乳値上げが話題になった。その中でTVのドラマ画面に牛乳を飲んでいるシーンが殆ど見られなくなっていたようだと、久々の牛乳で乾杯を放映していた。喫煙者はタバコを買うことで納税していると言うが、牛乳の生産現場では自然環境の保全を担っている。何はともあれ、まずは牛乳を飲んでもらわねば話にならない。まさに「販売無くして生産無し」だ。
朝日新聞の投稿欄「かたえくぼ」に「パン値上げ!耳が痛い!」と素早く反応した読者がいた。一方、牛乳3円値上げには反応がなかったが、新聞記事として「牛乳よ、お前もか!」と生産者乳価3%、小売価格10円程度のUPにしては強烈な反応と感じた。
コンビニエンスストア大手のローソンは12月31日、地域によって商品の容量や値段に差を付ける「地域別価格制度」を大手製パンメーカーと連携し、食パンや菓子パンに本格導入する計画を明らかにした。1~2月にかけて順次、全国展開するようだ。
食品の値上げが相次ぐ中、都市部向けは価格上昇に見合うよう商品の質を高める一方、地方向けは容量を減らすなどして値段を据え置く。地域差別でなく、家族構成など現地にマッチした販売、マーケティングを細分化して「価格は全国一律でなければならない」という発想から転換する。日本マクドナルドなど、外食業界でも都市部と地方で価格差を設ける地域別価格を導入する動きが出ている。
また、味の素は冷凍食品を3月から10~20%値上げすると発表。冷凍食品の値上げは前回11月の鶏肉製品2品目に続いて2回目である。商品取引市場の間では乳価3%足らずの値上げでは経営の維持、再生産が不可能で、味の素と同様に再度の値上げは必至と踏んでいる。販売促進面から巷にあふれる手軽で常温携帯できるペットボトル牛乳を早期実現したい。
早くから流通各社は自社開発のプライベートブランド(PB)商品に力を入れ、大手量販店・ジャスコなどを展開するイオン社は11月末、PB商品「トップバリュ」のヨーグルトや食パンなど食品を中心とする24品目の「値下げ」に踏み切った。値下げしたことで従来と比べ5倍売り上げる品目もあり、価格を下げたことによる減収を販売量の増加でカバーすることができたという。
PB商品は企画から生産、販売まで一貫して管理する一方で、テレビCMなどの広告、販売促進費をかけないことで、メーカー独自の商品より2~3割安い低価格が実現できる。
欧米では売上高に占めるPBの割合がドイツのテスコで40%超、米国のウォルマートも20%超と高いが、日本ではイオン社でも07年2月期で8%に過ぎず、拡大余地が大きいと判断している。一方ではヤクルトレディの戸配や地域価格差など販売戦略は多様化する時代になった。
言うまでもなく、牛乳は冷やして飲むもの。サイロ詰め込みの最中にヤカンに詰めたバルク乳を一気に飲む、まさに体験した人にしか味わえない醍醐味は忘れがたい。
だが、自販機があふれる現在は、温かい牛乳や色物乳飲料が好まれ、飲料は多様化している。現代の酪農家は古き良き時代の生産者にあらずして、経営者・社長である。消費者の動向に直結する販売戦略を常に実践せねばならない。
千葉県の酪農家・出山裕司氏が本紙に投稿した記事にあるように、日本の酪農は生産現場から販売まで全て乳業メーカーが育て上げてきた歴史がある。私が獣医師になった昭和30年代は、乳業メーカーの獣医師が中心となって酪農家を育てた。会社ぐるみで消費者への橋渡しになり、メーカーごとに特色があったものだ。
かつて、乳は商品という金儲けの手段でなく酪農関係者は国民の生命の源泉を担っているとの自負があった。ところが、近年は消費停滞の影響もあるのだろうが、マンネリ化が進んでいないだろうか?生産、処理、販売といった分業病に陥って搾った乳を他人任せにし、ぼやいてばかりではないだろうか?もう一度考えてみよう。
新年の朝日新聞の社説・天声人語に敗戦から13年で完成した東京タワーが倍の高さで新しく建設されるとの記事が載っていた。「気合を入れなおすチャンス」としている。
わが酪農の現実は「消費者は王様、神様」でもあるが「力強い我々の支持者」でもある。その消費者がどのように牛乳を考えて愛飲しているかを捉え、時には共に食育活動を通じて強力な共生関係を保ち、安心・安全な生乳生産が持続できなければ、酪農は自滅する。ひいては、国民も消滅することになろう。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。