後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載14
乾乳期の免疫機能 ラクトフェリンで自然治癒 安全性を優先し 脱抗生物質療法を
乾乳中は牛乳を搾らないから乳中体細胞とは無縁のようだが、乳牛の生涯の中で乳中体細胞増加の主因となる乳房炎は、乾乳準備期間から分娩期に多発する。
したがって、乾乳期は体細胞対策には重要な期間である。
乾乳と搾乳は相反行為であり、確実に換金できる10カ月あまりの搾乳に対して、2カ月足らずの乾乳は無収入で存在感が薄い。
さらに、全頭全房へ乾乳軟膏を注入すると、分娩まで乳房への関心を放棄しがちである。
一昔前は乳が自然に出なくなって、そのまま乾乳した。人為的計画もなく牛の方が自然に乾乳してくれたのだ。多泌乳多頭化の現在は、しばしば繁殖台帳の整理不良といった人為的失敗から乾乳しないまま次回分娩を迎えて連続搾乳となる例を見る。
もちろん、病的早産や乾乳準備期、または出産期に起立困難になる例もあって人為的に乾乳しないこともある。
これは搾乳と乾乳という相反するストレスに耐えられない肝臓障害(過肥症候群・肥っているように見えないが完全なフォアグラ脂肪肝となっている)の場合などである。
また、症状は軽いが体細胞が多い慢性乳房炎が持続する場合、乾乳せずに搾乳を継続し、飼養管理面から肝機能を回復させて治療効果を期待することもある。
ここで大切なことは、搾ったり搾らなかったりの間欠搾乳による乾乳法は、乳腺を休眠させたり起こしたり拷問もどきの管理となり、乳腺の耐病性・免疫細胞などの活性化が乱れ、病的な泌乳停止となる。これを乾乳できたとの誤った判断で放置して病勢悪化を招き、期待した分娩時には盲乳となりかねない。
一般には別表図に示した急速乾乳法に従って、人為的かつ計画的に分娩予定2カ月前に実施する。最低でも45日は乾乳期間が必要だ。
実験報告によると、右乳房は乾乳したが左乳房は搾乳あるいはニュージーランドでは乾乳牛に毎日泌乳刺激量の泌乳ホルモン(オキシトシン)を注射したら、いずれの実験とも次回分娩後の泌乳量が4割以上減乳した。
私は40年前、フリーバーン牛舎でパーラー搾乳を始め、省力で能率向上を促すため、乾乳しないで全頭搾乳を実施したことがあるが、次年度は乳量が半減してしまったという苦い経験がある。
反対に、乾乳期間を長くしても次期泌乳量への上乗せ効果は少なく、現状ではむしろ脂肪肝などの障害が併発し、損失が多くなる。
乾乳療法
32年前、英国のDodd博士が来日し、乾乳療法を力説し、小指位の小柄な乾乳軟膏を紹介した。 乾乳軟膏は泌乳期軟膏より抗生物質含量が多量で、乳房内で1カ月近く長期残留するように製剤されている。間違って泌乳期に注入すると、長期間抗生物質が乳中にも残留し、出荷停止が長引く。
また、初乳中に色素などが残留して昔なつかしの「初乳チーズ」を作って食べる風習も見られなくなった。
アメリカ帰りの研修生の話では、乾乳時に全頭への乾乳軟膏を注入するばかりか、1分房へ2本注入を行うことも。
また、乾乳中期に再び乾乳軟膏を追加注入するという。徹底的に敵を叩くために、まさに大量薬物療法を実施しているようだ。
その後、Dadd博士をはじめ、北欧諸国から「乾乳軟膏」だけが一人歩きしてしまっていると、薬物依存の乾乳法への批判が高まっている。
例えば、3本乳房で搾乳し、3本全てに乾乳軟膏を注入して盲乳はそのまま放置すると、盲乳であったはずの分房から分娩後、旺盛な泌乳が見られ、見事な自然治癒がみられることがある。Doddらの乳房炎菌除去方法別の比較結果では、乾乳期療法で1割、泌乳期療法で3割、自然治癒2割、除去不能4割であったという、改めて自然治癒・生体防御の促進を見直したい。
◎乾乳乳房内ラクトフェリンは1000倍に達する
乾乳期乳腺の免疫機能の研究成果が東北大学から発表されている。乾乳開始期の乳腺上皮細胞は、急速退縮とともに、新たな再生が乳房炎の回復時とは違う「炎症」を伴なわない新生によって達成され、最近話題のラクトフェリンの急増(泌乳期の1000倍に達する)や、体細胞群の構成が泌乳期と逆転し、免疫機能を強化して乳腺上皮細胞の新生が達成されている。
ラクトフェリンは、乳中に存在する鉄結合タンパク質で、サビ鉄からくる「赤いタンパク質」といわれ、鉄を細菌より先行して結合増大するため細菌は鉄ミネラルの不足で死滅。結果として抗菌作用を発揮するとともに、免疫細胞や食菌細胞を活性化して乾乳乳房の感染防止と自然治癒を促進する。
常乳中には1mlあたり0・02mgだが、初乳には50倍、乾乳初期乳(乾乳しているため、ここでは乳房内の乳の意)は400倍、乾乳後期乳(同)は1500倍と乾乳期には驚異的に増大する。
ちなみに、幸い乳酸菌は鉄要求量が少ないので影響を受けずに増殖する。
また、泌乳期乳房炎乳にも50~400倍のラクトフェリンが生成されて抗菌作用を発揮している。
東北大学の研究をまとめてみると、乾乳期と泌乳期はラクトフェリンを始めとして免疫機能が相反することから、私は抗生物質依存型の予防法を見直し、生体の防御反応を活性化して自然治癒を促進する安全性を優先させた乾乳法を勧めたい。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。