後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載34
酪農家の製造責任 体細胞50万以上は病乳 食品安全の考え方「疑わしきは罰する」が基本
豪雪による死者が100名余に達する厳冬に見舞われた日本列島。酪農界は牛乳の需要がますます冷え込む一方で、ここ数年消費の減退と共に生産面も減少傾向にあった。
しかし、昨年下半期の九州・北海道の生乳生産量は増加傾向となっている。需要と供給のバランスが崩れ、いわゆる供給過剰が現実のものとなって来たのだ。
さらに、生乳は生鮮食品として流通するものであり、保存が利かない弱点がある。そのため過剰生産対策としては、加工して脱脂粉乳やバターとし、乳飲料、パン、菓子製造の原料として利用することが考えられるのだが、このような加工原料食品は保存食品として流通が容易であるため、輸入大国であり自由貿易をモットーとする日本は絶好の輸出対象国とされている。
また、近年までは「純国内産」を販売戦略の売り文句にした「手作りパン・菓子」が国内酪農民の心強い味方であったが、現在は原材料を国外に依存。現地で加工し半製品化して輸入、国内ではただ焼くだけという「経営の合理化」が進展している。その結果、割高の国内産の脱脂粉乳・バターは国内在庫が貯まる一方となっている。
ご承知のようにアメリカ政府は日本への牛肉輸出を再開し、一方で先月述べたように、乳製品の輸入を全面に禁止し自給率を確保する国家戦略を展開した。
さらには、生乳の体細胞は70万~100万とし、日本の自主規制の30万をナンセンスと批判していた態度を一変、昨年9月に全米の体細胞平均がこの30万をクリアしたと「乳質向上を強調」して日本への輸出を狙い始めている。
このような酪農情勢から需要減退・供給過剰を克服するため本年の生乳計画生産基本方針は「出荷抑制」が基本となっている。豊作貧乏なる言葉がある。米や畑作物の場合には、安くなった作物が大量に流通することになるのだが、これは生乳には当てはまるまい。
なぜならば、小売価格が安くなっても生乳は米や野菜のように消費されるものではないだろうからだ。牛乳を安売りしても消費者はすでに飽食であることから、栄養価を旗印にした牛乳よりも、カロリーゼロの茶系「水物」志向で牛乳が入り込む余地がない。「生乳生産を抑制」し、量より質、「おいしさ」を前面に出して安売りを排除し、さらにコストダウンで収益を維持する時代を迎えている。
1979年に生乳生産抑制を行った時は、各戸に減量%を一律に割り当てたが、酪農家は搾乳量を減らすために「餌」の給与量を抑えて牛自体が萎縮し、駄牛淘汰も遅れて無駄食いがでるなど、全国的に酪農基盤が停滞して意欲を削がれた苦い経験がある。
この二の轍を踏まぬよう、本年度は意欲ある担い手の確保や生産基盤を維持するために地域の酪農事情を反映した抑制策が練られている。
具体的には、九州では駄牛・体細胞が多い牛6千頭を淘汰する。北海道は酪農経営が受ける打撃を最小限に食い止めるため、経営の事情で1割の減産が可能な酪農家を募って需要調整格差金として㌔当たり4円を上乗せする。その財源として全生産者からの拠出金を充当する。これによって現状維持か意欲ある担い手は育成する道を開いていく。
また、北海道では早くから内地の大消費地への生乳輸送を開始。意識改革が進んだ結果、乳質改善、特に体細胞対策に厳しく取り組み、全戸の酪農家が30万以下を達成しているので、乳質での危惧は無く品質格差による「出荷制限」は内地のようには設けられない。
なお、食品の安全・安心に対する国民の期待が高まり、03年に「食品安全基本法」が制定され生乳生産者である酪農家も食品関連事業者として完全性確保に対する第一義的責任(製造物責任)があることが明記されている。
このことを念頭に東京という世界最大の消費地を有する関東地区では、栃木県のようにすでに体細胞が20万レベルをクリアして北海道より良質な生乳が生産されている県がある一方、周辺の他県は大消費地に隣接してきたためか切迫感が乏しく、体細胞数30万以下の酪農家が6割以下、中には過半数割れという、消費者に知られたくない成績であるのが現状である。「体細胞が多いからどうだと言うのだ」と思われる方もいるかもしれない。しかし、国際酪農連盟が古くから強調してきた「健康な乳牛から衛生的に搾乳する」こと、これは、逆に言えば「病気の牛から搾った乳は、人の口に入れない」ということである。
では、体細胞が50万以上の乳を出す乳牛は乳房炎牛である。つまり、病気の牛であり、搾った乳は「病乳」である。この「病乳」出荷酪農家が残念なことに2割近くも存在している。「乳質が悪い病乳の出荷禁止」これは安全・安心の食品生産者として当然守らねばならない規則である。
鳥インフルエンザ対策ですでに数十万羽の鳥を処分して来たように、「疑わしきは罰する」、これが食品安全の基本である。また、人間の舌をバカにしてはいけない。乳質の低下は、味となって現れる。酪農家の大半が健康なおいしい牛乳を生産しているのに出荷合乳には「病乳」を混入して消費者に飲ませているのだから、味良き限定された「おいしい牛乳」以外の牛乳消費が落ち込み続けたのも当然と言えよう。
ましてや、「病気の牛の乳が混ざっている」となれば、その牛乳を買う方がどうかしていると言わざるを得ない。関東地区は「出荷抑制」として体細胞による乳質規制を強化する方針だが、50万以上の病乳は産業廃棄物としての処理費がほぼ乳代相当額必要でありコストも膨大である。
そこで高体細胞牛は淘汰し、淘汰後の再感染を未然に防除するため、生き物であり、機械ではない乳牛の生理や心理を理解する必要がある。
もちろん、酪農家自らの心構えでマンネリ化ではなく、理論的な裏付けを確認して「搾乳衛生管理」の実践・励行を日常的に手抜きすることなく、「備えあれば憂いなし」の教訓を生かすことが肝要である。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。