牛飼い哲学と
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搾乳作業は健康の源 刺激与えて代謝を促進 20歳までに骨量の貯金を

2009-11-01

腰曲がり老人


私事だが70歳で退職、搾乳現場から遠のいて7年。体を動かすことなく胡坐をかき、背骨を丸め畳の上で手回し発電機にラジオをコラボして電機のないインドネシアへの土産作りに夢中になっていたら、背中が丸まり萎縮。昔の老人の姿になった。


慌てて懸垂を試みたが、懸垂どころか1分もぶら下がっていられなくて落胆している。最近までは、毎朝ジョギングをしたりスポーツジムに通ったりしている人を見るとあのエネルギーを生産面に利用できないものかと冷ややかに考えていたが、今や自身が仲間入りせねばならなくなった。まさに朝夕の規則的な搾乳作業は生産に直結して骨量にとっても合理的な、健康維持への秘訣があったと実感している。


宇宙飛行士と骨量


日本人で初めて4カ月半の宇宙滞在を終えて無事帰還した若田光一さんは、宇宙空間で無重力の環境では、体には負重がかからず、骨や筋肉が急速に衰えた。宇宙ステーション滞在中は、毎日2時間の運動をこなして理想的な宇宙食を摂食しても筋力は2割減少。運動能力が落ちて疲れやすく、一気に20歳も年をとった状態になった。


骨量が骨粗鬆症患者の10倍の速さで減少し、骨量の急激な減少で骨折や骨塩類(お馴染みのリンカル)の溶出で尿路結石の危険性も高まっているという。帰還翌日の宇宙飛行士は「コップが重くて意識しないと持ち上げられない」「宇宙では座ることが無かったので、椅子に座っていると尻が痛くなる」と語った。


搾乳作業時のミルカーユニットの重さはコップの何倍だろう?そのバーベルユニットをパイプラインに装着する姿勢は、自然に無意識に背骨を伸ばし腕は頭上いっぱいにバーベルを力強く高める。


一方、乳頭への装着・離脱時は腰を屈めて踏ん張って神経を集中させる。これら一連の搾乳作業は有料のスポーツジムでの健康作りの3大要素である①有酸素運動②ストレッチング③筋力トレーニング――これらすべてを最大限に朝夕規則的に完遂している。改めて搾乳作業は酪農家の健康の根源であり、筋肉を支える骨格は縁の下の力持ちである。


骨代謝には負重が必須


宇宙飛行士は4日間の飛行で踵骨のX線による骨量検査で早くも9%減少していた。重力による骨への刺激が無くなり骨へカルシウムを沈着させる必要が無いと負重センサーが感知し、骨内の血流とそれに伴うカルシウムの沈着メカニズムが低下した。


すなわち、負重をかけないと溶骨細胞(骨代謝破壊細胞)が造骨細胞より優勢になって骨からの分解溶出・リンカルが増大する。数時間の臥床(寝たきり)でも造骨作用が低下し、臥床が数日に及ぶと造骨作用が半減する。


実験で後肢を吊り上げて負重を架けないと血流とカルシウムが半減し、逆にカンガルー式に後肢を踏ん張らせて負重を架けると骨が強くなり太くなった。


さらに、羊の背中に体重の2割の鉛錘を背負わせて飼育すると血流が上昇し、骨太りで強くなった。なお、水中で生活する魚は水の浮力で体重を支える負重が陸上より少ないため、骨量カルシウムが少なく、細くて弱い。力仕事をしている人の負重センサーの感度は強く骨量も多い。


骨折、特に踵骨骨折時には痛みをこらえて早める歩行訓練をする方が骨のカルシウム量が減らず、治療成績が優れている。


若田宇宙飛行士は帰還当日から46日間筋トレーニングのリハビリに入って自立歩行、ストレッチ、マッサージ、自転車漕ぎなど「體=体」全体に負重を架けて回復を目指している。筋肉は数カ月で回復する見込みだが、骨量は少なくとも宇宙滞在期間のほぼ倍の時間がかかるという。


潜在性若年骨量不足


骨は加齢とともに誰でも弱くなり、高齢になっても一般の臓器障害はすぐ症状に現れる。しかし、骨は乳牛と同様に症状が潜在して我慢強く、骨粗鬆症のレベルまで骨量が減少するまでの骨折の危険性は回避される。


だが問題なのは、20歳を過ぎてからは骨量を増やすことが困難だという事実だ。繰り返して述べてきたように、骨の成長には物理的な負重が骨に懸かること、これで生じる。骨のしなりや歪みが刺激になって骨代謝=骨形成が促進される。加齢とともに骨は硬くなって、しなりが無くなり骨代謝は低下する。


骨量のピークは、女性は初経後の数年、10代半ばにかけて、男性は20歳までの若年期間である。この時期に栄養を十分に取って運動をして骨代謝を最高水準に高めて骨量の増加を確保し、高齢時の自然減少に備える骨量の貯金を実践せねばならない。


しかし、残念だが前回に述べたように、この若年期の牛乳飲用量が急減する。男女とも間違った美容スタイルに走り、カロリーゼロ信仰で体重の減量ダイエットに走っている。


骨量は痩せで体重が軽いほど負量が少なく、骨代謝が低下して若年骨粗鬆症に陥っている。柔道の谷亮子選手のように運動選手達は出産しても現役で活動している。若いうちこそ重力に逆らってジャンプや足腰を強く踏ん張ることが重要だ。


幸い酪農家は恵まれた環境にある。搾乳作業等で身近な運動とバランス良い栄養豊富なアンチダイエット食で、お年頃の若年期から高齢社会では寝たきり無縁の生活に備えて骨量貯金を果たしている。自己責任でQOL=生活の質向上が確保出来ているのだ。

本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。

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