後継者、酪農女性に贈る牛飼い哲学と基礎技術
連載35
照明酪農のススメ 舎内点灯で乳量増加 16~18時間で産乳効果向上クリーン効果にも貢献
北原白秋は詩の中で「牛舎は暗くて、腐った臭い。乳や尿の臭い」と述べているそうだ。節分を過ぎても、この季節はまだ日照時間は短く、雪に覆われていたり、寒かったりで畜舎の窓や防風天幕が厳重に閉ざされ、ひょっとしたら白秋が言ったことに近い状況かもしれない。
裸電球が所々にぶらさがっていても舎内は暗い。手探りで搾乳するために、ミルカーを外してからも残乳が心配で、ご丁寧に後搾りをやってその乳を牛床に搾り捨てていないだろうか。ふん尿は搬出できず舎内通路に積み上げたままであっても、暗くて余り気にしていないようだ。
私は鯉淵学園赴任当時、寒い冬の夜長にしばしば牛が脱柵してしまい、1人では追い戻せず、寝ている学生達を起こして眠い目をこすりながら人垣を作って牛を牛舎へ追い込んだものだ。その後、舎内に照明灯を取り付けてからは脱柵がなくなった覚えがある。
ご承知のように、養鶏場は秋から春先までは夜半近くまで舎内は点灯されていて、遠くからでも暖かい明かりに浮かんだ鶏舎の所在がほのぼのと感じられたものである。今は、問題の高病原性鳥インフルエンザで例年なら暖かく浮かび上がった夜間照明が途絶えてしまった鶏舎があって、残念ながらお悔やみ申し上げることしかできない。
千葉県内では数戸の酪農家が点灯酪農を実践している。住宅と違って畜社内はとかく暗くなりやすいので、各牛の頭の真上に連続して照明灯が輝いていて、冬の舎外の寒々とした光景からは対照的に舎内に入ると外より明るく、さらに温度以上の温もりがありがたく感じられる。
明るいため、牛も外来者を早くから認識できるためか急に立ち上がることも無く、落ち着いて横臥したまま反芻していて私も気持ちがよい。
いつ訪問しても舎内の隅々までが照明でライトアップされていて、乳房は勿論、乳頭先端まで明瞭に確認できる環境は食品製造工場そのものであって一段と心地良い。
なお、照明が舎内環境にまでクリーン効果に貢献することも確認された。すなわち、通路や牛床の汚れは否応無く目に付くためすぐ除去しなければと、家の中で行うように明るくなった牛舎内では人の体が自然に早く反応するので常に快適である。まさにこれがカウコンフォート満点だといえよう。
点灯養鶏をヒントに産卵を乳量に置き換えて、産乳量の増加を狙ったわけだが、乳量の増加効果が明らかとなって照明による泌乳ホルモン分泌が確認されたことから、現在は3回搾乳を採用している。牛体へのコンフォート向上も相乗的に効作用したようで、牛体の健康情況も最適である。
近年、牛に対する照明効果試験報告が見られるようになってきたが、産乳効果向上には16~18時間照明が効果的で逆に最低でも6時間は暗くする必要がある。
24時間照明だと効果が減少し、また暗くするときは外灯も消した方が良いようだ。だが、夏の3回搾乳には正味6時間の暗闇の時間帯を確保することの方が難しくなってくる。
一方、北極に近いフィンランドは冬季の自然の夜長を逆手に利用して夜間に牛乳に分泌される睡眠促進ホルモン(メラトニン)含有牛乳、通称ナイトミルクを差別化商品として日の出前に搾乳して不眠対策の機能食品として販売している。
一方、乾乳牛は搾乳牛とは逆に8時間明るく16時間暗いほうが、分娩後の産乳量が3~4㌔増加したという。やはり、乳牛は高緯度で冬は太陽が殆ど姿を見せない地帯が原産だけに忍耐強く、日照時間が短い冬季は草も無く睡眠メラトニンホルモンで乾乳期を静かに過ごし、長日になる春の日照で分娩する。
しかし、日照はメラトニンを減少させ、アメリカでは商業化されて盛んに注射されている「泌乳ホルモン」が自然に分泌されて、生理的に産乳が促進される。
鶏は南方系原産のため日照時間には季節差が無く、長日性で冬が苦手であるから牛は鶏ほどには照明効果は得られないと思われた。しかし、現実には産乳量が増加したことは牛にとっては環境が快適となって食欲も体調も整った結果であり、健康になったことと照明効果でメラトニン減少などとの相乗効果が認められたと考えられる。
ここで肝心な乳成分であるが、3回搾乳でもあって特に問題となる体細胞が申し分ない成績であることである。現在でも1回搾乳でがんばっている人がいるが、どうしても体細胞が増加してしまう。つまり乳房内に乳汁が蓄積されると乳房内圧が高まってある程度高まると乾乳時のように乳腺内の乳汁が、一旦分泌されたものが再び再吸収される逆転生理現象が発生する。
その際リンパ液として体内を循環しているリンパ球を除く好中球やマクロファージなどの体細胞は、再度乳腺へ再吸収されることが出来ないので乳槽などに残存している乳汁の中にそのまま残留することになって、体細胞は濃縮されて高細胞となる。
高泌乳期は乳房内の内圧が高まって濾乳現象もしばしば認められるように、できる限り搾乳回数を増加させる方が乳量も増加して体細胞は減少する。乳牛の意志に任せて搾乳する「ロボット搾乳」では、高泌乳期の牛は5回は搾らせるようで乳量は多く、体細胞は少ないようである。
このように乳房内圧を高めないように、搾乳回数を増加させ、産乳量を高めて乳房炎も予防するために企業牧場では4回搾乳が実施されているようだ。
体細胞が高い潜在性の乳房炎牛は、まず頻会搾乳で乳房内を常に新鮮な健康乳汁で乳房内を乳房洗浄して健全な乳房に回復させることである。特に最近は抗生物質が役立たない現実から、欧米諸国ではまず1時間毎に搾乳せよと主張している。
乳房内部の解剖生理からも乳腺槽の容積は約400㍉㍑、乳頭槽は約30㍉㍑、これが4分房あるから大きな乳房ならまさにミルクタンクとも言うべき巨乳である。
このタンクの上部に乳管が10数本開口して、四六時中乳汁を分泌している。この乳管の1~2本が感染して炎症し、体細胞が多数動員されて乳腺槽内まで流出してきて高体細胞乳になる。
これを頻界搾乳で細胞を動員する毒素を乳汁で洗浄排出しながら免疫細胞の働きで炎症乳腺の回復を促進できる。場合によっては患房の血行を促進して免疫構造を活性化するために刺激パスタなどを塗布する。
牛自身の免疫力を高めるためにも牛舎環境を快適に人も牛もミルカーを始めとして器具や飼料にいたるまで明るくライトアップすることから行動を開始しよう。
毎年節分になると「牛にはマメを食わせねば楽させてはもらえない」と教えられたが、まさに、まめまめしく自分の心身を活性化して、牛の世話をしてやらないと酪農家はゆとりある生活を迎えることは難しい。
本連載は2003年5月1日~2010年4月1日までに終了したものを著者・中野光志氏(元鯉淵学園教授)の許可を得て掲載するものです。