酪農と文学 連載43
このポーランドの民話は、金持ち(長持ちにためこんだ金貨を毎夜ながめている)で、欲ばりの酪農家と、その農場で働く心やさしいみなし子の少女と、農場の近くの川に住む〝川の精〟のお話しです。どこの国の民話でも冷たい心を持つ者や、欲ばりは必ず最後にばちがあたるといった誰にも通用する結末を持っています。それ故に他国の民話がよく理解できる要素にもなっています。酪農とがちょうを飼育する農家の主人が心冷たく、欲ばりの設定は気になりますが、ポーランドの大昔の酪農家はそんなに金持ちだったのでしょうか。(民話に登場する〝水の精〟はひきがえる位の大きさで、顔はサル、水かきがあり腹がでっぱっています。)
いかにしてスザンカは水の精の名付け親になったか 世界民話集より(ポーランド)
牛飼い少女に金 欲ばり牧主に藁
この民話に出てくる少女の名前はスザンカといいます。両親を早くから失い、みなし子となった。酪農家(クルチェイカ)はあわれみ自分の家にひきとった。
みなし子をひきとる位の心の持ち主なのに、何故かこの民話では心の冷たい欲ばりな人間として登場しています。そこのことは、飼い犬への異常なまでの待遇にも表現されています。カロという犬を上等の部屋に絹のクッションをしいて寝かせます。そして、このカロと呼ばれる犬は、少女スザンカが何もつけずにパンを食べ、水のようなスープを飲んで来る日も来る日も納屋のワラにくるまってねむり、乳牛とがちょうのめんどうをみていますが、この犬は、バターのたっぷりついたパンを食べ、大皿のクリームをなめては、いつもねそべっているのです。勿論、絹のクッションをまくらにです。
犬がこの調子ですから、酪農家のクルチェイカについてもよく書かれていません。両極(冷たい心とやさしい心)をきわだたせるためでしょうが、最初の1行にこう書いています。
『お百姓クルチェイカには心がなかった。彼の胸にあるのは、心ではなくて、まっ黒こげの焼けぼっくいである』これ程の表現が他にありましょうか。
さて、前文にも紹介しました〝水の精〟達は、川辺で毎日乳牛の番をしているスザンカの心が見抜けます。やさしい少女であることが。水の精達は、特に水の精の王様は何かしてあげたい、と思います。しかし、機会がありません。
ある月の明るい夜、水の精の王様が、ごぼうの葉にたまったツユをのんでいる内に迷子になり、川に戻れなくなります。葉の下で悲しげな声を出す水の精の王様をみつけたスザンカが無事に川に帰してやります。
葬式の準備や、次の王様の選出まで考えていた水の精達は王国をあげてスザンカに感謝します。
王様は「何かお礼をしたい。なんでも願いごとをかなえてあげます」そういって、普段の心のやさしさと、今度の自分の命を救ってくれた感謝の気持とをこめて言うのですが、まるで無欲のスザンカは断りつづけるが、王様もかなりしつこく迫る。どうしてもといわれるなら「水の精の王国をみせて下さい。」そしてその折の1つだけの心配ごとをこう言っています。
『(前略)「でもわたし、1つだけ心配が…」「心配?はて、いかなる?」「わたしが王さまの国にいるあいだ、牛とがちょうの番はだれがするの?もし何かあったら、主人にぶたれて、食べるものももらえないわ」(後略)』
主人のこわさもあるだろうが、搾乳や給餌が心配になるのでしょう。そのことはスザンカなればこそよく知っているからです。水の精の王様はヘルパーを送り込みます。
『(前略)雌牛とがちょうの番を家来たちに命じ、牛が川っぷちに行かないように、道ぞいの草原だけ草を食うように、またがちょうにも、川の水に流されることのないように、気をつけさせた。これで心配は片づいた。』と。
そして、スザンカは心おきなく水の精の王国を見物します。王子の名付け親にもなります。やさしい心にむくいるため、王様は冷たい主人を〝おぼれ死にさせようか〟などというが「とんでもないことです」といってスザンカは強硬にこれをことわり、王国を後に再び牧場にもどるのです。
王様もねばり強い。次の朝納屋で目をさますと仰天するようなことがおきるのです。
『(前略)わらがふだんよりずっと固いようなのである。スザンカはわらを調べた。そして、びっくり仰天して両手で頭をかかえこんだ。それはわらではなく全部純金の細い棒なのである。牛たちまで不思議がって寄ってきた。そして「花もようさん」も「まだらさん」も「伯しゃく夫人」も「ぶちさん」も、みんなびっくりして牛のことばで呼びあった。「ンモー、ンモー」そこへがちょうが来て、長い首を引きのばして鳴きはじめた。「グワック、グワック!」』
それにしても「花もようさん」とか「伯しゃく夫人」とか乳牛にもしゃれた名前をつけるものです。それはさて置き、このことを知った金の亡者の主人はうらやましくてたまらない。いろいろと手をつくしたあと、スザンカと同じように水の精の王様を助けることになるが、この民話では心冷たき者に、しっかりとちょうじりを合わせさせる。
ワラを大量につめこんでねむりにつくが、翌朝目の前にあるのはただのワラのみ。ごていねいに長持ちにいっぱいあった金貨まで全てワラと化していた。
スザンカはある国の王子と結婚するが、水の精の王様にたのんだお願い事が残っていました。
『ねえ、王子さま!この川は毎年岸からあふれて、気の毒な人たちの畑を流してしまうのよ。そういういたずらを川がしないようにしてくださらない』
本連載は1983年9月1日~1988年5月1日までに終了したものを平出君雄氏(故人)の家族の許可を得て掲載しております。