酪農と文学 連載19
今回はイギリスの短編小説家サキの作品を紹介します。気味の悪いような小説を書いているわけですが、牛乳やクリームや酪農家を舞台にといった作品がいくつかありますので取り上げました。作品「物置部屋」「7つのクリーム壺」「蜘蛛の巣」の3編をとりあげましたが、他にも「アン婦人の沈黙」(夫婦げんかの後、女房が死んでいるのも気付かずに、あれこれ弁解しながらペット犬に牛乳をあふれるほどつぎ足す夫の話)など牛乳などが重要な素材となっている作品があります。そのうちに、わが国の作家もバルク・クーラー殺人事件―などといった題名の小説を書くかも知れません。
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あたたかい牛乳 その中にカエル
短編小説が好きな読者にはお気づきになると思いますが、小説の中で小物がかなり重要な役割を果たす場合があります。サキの短編を読みますとかなり、牛乳やクリームや搾乳場といった言葉がでてきまして、これにかかわる物品が作品中、ポイントになっています。
サキの作品は怪奇的な作品が多いのですが「物置部屋」という短編に、ブレッド・アンド・ミルク(煮立てた牛乳にパンを浸したもの)の中にカエルが入っているから、食べるのはいやだ、といって反抗する少年のことがでてきます。
あたたかい牛乳にひたしたパンの朝食ですが、作者はこれにわざわざ「滋養がある」と2回も書きくわえて、栄養面を表現していますが、その朝食に庭からつかまえてきたカエルを自分でこっそり放りこんで「カエルのはいったミルクなんて飲めないヨ!」とばかり、言いはる少年はかなり異常です。そしてこのことはこの作品の出だしとして、読む者にかなり異様な緊張感をを抱かせます。――あたたかい牛乳の中にパンとカエル!?
作品のスジは次のようなものです。このカエルの一件のこらしめのため、伯母が即決した浜遊びの〝遠足〟に少年はつれてってもらえず、なおかつ、きびしい伯母の監視のもとに家に残されるわけですが、伯母の目を盗んで前々から1度入って中にあるものを見たいと思っていた物置部屋のカギをあけてしのび込みます。
ところが、その最中に、花の手入れなどをしていた伯母さんは雨水のタンクにあやまって落ちるわけです。当然声をはり上げて助けを求めるわけですが、少年は助けようとしません。タンクのそばにいて、逆にお前は悪魔だろうとか、いろいろ策をろうして助けようとしない。
結局、雨水タンクに35分も閉じ込められた後、ようやく女中さんに助けられるが、〝頭にきた〟伯母さんは少年と口もきかない。少年は少年で逆上する伯母を無視して、さき物置部屋で見た、つづれ織りの狼や、鹿や、狩人のことで頭がいっぱいである、といったスジになっています。
2歳で母をなくし、厳格な父方の伯母にあずけられた、作者サキの少年時代がモデルと思われるが、少年の屈折した心をとらえています。
その重要な書き出しの部分に登場するのが、朝のあたたかい牛乳にパンと、そしてカエルが入っているというわけです。
次に作品の題名がそのものずばりですが「七つのクリーム壺」という短編があります。
この作品のスジは「盗みぐせ(人の家に行くとかならず何か盗んでくる)のある、親せきの若い男が、とまりにくるということで、夫婦が銀婚式にもらったクリーム壺(銀製です)が、その男に盗まれないように、あまりにも神経を使いすぎ、とんだことになる。 結局、名前は同じでも久しくあっていないから、ちがう人を盗みぐせの若者と感ちがいするわけですが、こともあろう、来客は夫婦の銀婚の贈り物に銀のクリーム壺をカバンに入れてきたから、話しはこみ入ります。頭から盗っ人という気があるから、盗まれたとばかり思い込み、あげくの果ては客間にしのび込み客のスキをついて、カバンの中のクリーム壺を盗み出す(夫婦にしては取り返すわけですが)。客はドロボーが入ったという、夫婦は困る。とどのつまり妻は夫を〝盗みぐせのある男〟ということで客を説得する」といったスジだてになっています。
別にサキ(作者)にとってはクリーム壺でなくても小説は書けたでしょうが、銀のクリーム壺というのが重要な小道具になっています。
さて「蜘蛛の巣」という短編があります。この作品は酪農と養鶏と野菜をいとなむ農家が舞台です。したがって搾乳場といった言葉が何回もでてきます。
この酪農家に嫁入りした女性が、大昔からこの農家にいる女中の老婆(80才をこえている)を家事的にも労働的な面でもこえることができないで、そのいらだちが殺意にまで発展しますが、結局老婆は死なず、彼女の夫が死神にみまわれてしまい、彼女はその家を去っていく、といった内容です。
老婆はお姑さんではなく古くから働いている女中さんですが、まるで嫁と姑のかっとうのようです。嫁入りした女はなんとかこの老婆をのりこえて妻中心の家庭にもって行こうか、自分好みの台所の改善の気持ちなどよく描かれています。しかし、今日の酪農家へ嫁いだ女性気質にみられる経営への参画意識といったものは感じられません。
むりもないことです。作者のサキが生まれたのは今から155年も昔のことですから。
本連載は1983年9月1日~1988年5月1日までに終了したものを平出君雄氏(故人)の家族の許可を得て掲載しております。