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ソビエトの作家ソルジェニーツィンの作品「イワンデニーソヴィチの一日」に登場する牛乳は追憶の牛乳であり、文学作品に登場する牛乳の中で、これほど思いをこめて回想される牛乳はまれです。とてもかんたんな文体の中でこのことが、さらにきわだちます。毎日搾乳したり、また、それらのことにかかわる読者の中で、これほど牛乳を想い起こす人がどれだけいるでしょうか。ほんの一部の牛乳を中心とする、過去の食生活の追想が胸にせまる作品はありません。ほんの数十行がこれですから、この作品がいかにすぐれた作品であるか。作者はこの作品を出版社に送ったが、編集長は当時のフルシチョフ首相に出版の伺いをたてて出版の運びになったいきさつがうなづけます。

イワン・デニーソヴィチの一日―ソルジェニーツィン 著アマゾンで検索


極限の収容所で胸うつ追憶牛乳

1984-11-01

午前五時、いつものように、起床の鐘が鳴った―という平凡な書き出しで始まるこの作品、スターリン時代のラーゲル(収容所)を舞台に主人公イワン・デニーソヴィチ・シューホフが迎えた3653日目(足かけ9年)のたった1日の物語です。


くわしく作品の内容を紹介することは紙数の関係ではぶきますが、苛酷な強制労働、零下三〇度、人間の食べものとは思えないような食事、現在でいえば、あのエチオピアのうえた人々が1日野菜のスープ1杯、思い起こせばいいでしょう。そして冷酷な看守達を是非思い描いていただかないと次に紹介する牛乳や牛肉への主人公の回想は生きてきません。


何百人もの因人達は零下3〇度の中で看守の人数合わせのために長時間屋外で待たされます。主人公はひそかにかくしもってきたパン切れをゆっくりゆっくり口の中で乳牛のように行列の中で足ぶみしながらかみしめ、村にいたころの食生活を思い浮かべます。


『ラーゲル生活をはじめてから、シューホフは一度ならず、むかし村にいたころの食生活を思い浮かべた。ジャガイモをフライパンに何杯、粥(カーシャ)を鉄鍋に幾杯、いや、もっと前には、どえらい肉の塊りを食べていたものだ。それに牛乳なんか、腹の皮がさけるほど飲んだものだ。あんなに食べる必要はなかったのだ。シューホフはラーゲルにきてそう悟った。食べるときには、食べ物のことだけ考えればいいのだ。つまり、今、このちっぽけなパンをかじっているように。先ずちょっぴりかじったら、舌の先でこねまわし、両の頬でしぼるようにするんだ。そうすりゃ、この黒パンのこうばしさよ。シューホフはこの8年、いや足かけ9年、なに食ってきた?ろくなものじゃない。じゃ、陶につかえるか?とんでもない!』


囚人達にベーコンやソーセージがたまに支給されてもこれは看守達へのワイロとして消えてしまうのです。長い間こうした生きるための配慮をしているのが囚人達の班長達なのです。この収容所ではこうした生きるためのリーダーがいないと班全体が不合理の中で苦しみ、最後は死へと向う結果となっているのです。


従って、主人公が追想するように腹がさける程、牛乳を飲むなどということは絶対というくらいないのです。


黒パンとカーシャと呼ばれる〝シチュー〟とえば体裁はいいがくさりかけたキャベツやジャガイモが一切ればかり入った味もろくにないスープが毎日の食事なのです。ですから主人公はすぐさま回想の中で反省します「村にいたころあんなに食べなくてもよかったんだ!」と。


寒さをしのぐと、1日の作業が終わっていかに他の班より早くせめてあついうちにカーシャを飲みほすかが1日の重要な行動となっています。人間の生きる最低条件の中で、いかに悩み苦しまずに日常にとり入れて生きていくか、それしか生き抜くすべはないとさとるか。それ以外は死への招きで終るのです。


わかりやすく、たんたんと描く作者の筆法は読むものの胸をしめつけずにはおきません。せめて牛乳くらい腹がさけるほど飲ませてやりたい―そんな気を起こさせる作品です。


囚人達の重要な作業(?)は家族や知人からのたまに贈られてくる差し入れです。それも看守の手にほとんどわたらないと自分のところまで届く手順にはなりません。主人公はこの馬鹿々々しさとで差入れを数年前から受け取ることを拒否してしまっているのですが仲間が差し入れを受けるのは別です。


同じ班の囚人の差し入れを必死に受けとりその一部をおすそわけしてもらい、1日がやっと終ったベットの中でソーセージの一切れをかみしめます。次の一節を読んでいただければ十分でしょう。


『そして自分では、一切れのソーセージを口の中へほうりこむ!歯でかみしめる!歯で!、ああ、肉のかおり、ほんものの肉の汁!、それが今、腹の中へ、入っていく。それでソーセージはおわり』


主人公が、もし新鮮な牛乳を支給されたらどのように飲む、いや、たべるでしょうか。ゆっくり、ゆっくりと口の中でころがしまわすにちがいない。すばらしいブランデーを飲むように!

本連載は1983年9月1日~1988年5月1日までに終了したものを平出君雄氏(故人)の家族の許可を得て掲載しております。

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